大阪湾にも急増中! 海を“飛ぶ”巨大魚『ナルトビエイ』

近年、淀川河口や大阪湾にとある新顔の巨大魚が出没するようになってきている。
最大で幅150センチ、体重50キロにも達する大型のエイ、ナルトビエイである。
大都会の水辺に新手の巨大魚!…となるとたいていの場合、その正体はアリゲーターガーやソウギョなど放流された外国産の大型魚である。しかし、ナルトビエイはちょっと事情が違う。

本種はもともとは温暖な南方の海に生息していたものが、気候変動による海水温の上昇とともに北方へ分布を広げたケースだと考えられているのだ。
出没する時期も夏季が主であり、水温が上昇してくるとどこからともなくすさまじい数の群れが回遊してくる。

大阪湾で捕獲したナルトビエイ。大阪や神戸の近海で見られる魚類としては最大級の種だろう。

2000年代に入るまではその存在すらほとんど認知されていなかったナルトビエイであるが、このところはちょっとした社会問題に発展するまで勢力を増している。
というのも彼らの主食は二枚貝であるため、アサリやサルボウといった水産的な価値の高い種を捕食してしまうのである。しかもこの体格で、大挙して押し寄せるのだからその食事量は膨大なものとなる。大阪では潮干狩りの名所である二色の浜などでアサリの食害が報告されており、さらに西方の瀬戸内海や有明海では二枚貝の養殖場が大きなダメージを被っている。

ナルトビエイの好物はアサリなどの二枚貝
ナルトビエイの歯。上下ともに大きな板状になっており、これで貝殻を圧し砕いて食べる。

さらにナルトビエイ自体の味はさほど良くもなく、しかも漁獲直後に迅速かつ正確な血抜き処理を施さないとアンモニア臭くて食べられたものではなくなる。それゆえ水産資源としての価値は低く、その辺りも漁業者から嫌われる一因になっている。…当然、ナルトビエイ自身に罪はないのだが。

ナルトビエイの身は獣肉のように赤い。マグロなどの赤身魚と同じく長距離を高速で遊泳する魚であることがわかる。だが味は意外と淡白。

さらに、大阪や神戸といった人口密集地帯ではまた違った形で人々を驚かせている。ナルトビエイは“飛ぶ”のだ。
本種をはじめとするトビエイ類はエイの中でもとりわけ遊泳能力に長けた一群であり、体型も肉厚ながら水の抵抗を受けにくい流線型を描く。その分厚い筋肉で左右に張り出したヒレを翼のように羽ばたかせ、さながら大鳥が空を飛ぶように悠々と、それでいて極めて俊敏に泳いでみせる。進化の歴史を辿ると、エイの祖先はサメ類である。泳ぎの得意なサメがやがて海底での生活に特化した体型のエイに進化したわけだが、トビエイたちはさらにそこから再び大海原を自由に翔けんと優れた遊泳能力を取り戻す進化を遂げたのだ。

エイにしては肉厚。長距離・高速遊泳に必要な筋肉が詰まっているのだ。頭部はイルカのように尖り、水の抵抗を受けにくくなっている。

が、“飛ぶ”とはそのスイミングスタイルの比喩のみにはとどまらない。実際に水面から飛び出すことができるのだ。
イルカのように高く弧を描いて跳び上がり、すさまじい着水音を立ててまた海中へ潜る。どんな目的があっての行動かは定かでないが、嫌が応にも人目を引いてしまう。
特に工場の温排水口周りなど水温が高い場所には個体数が密集しがちで、一匹が跳ねると連鎖的に一面で高跳び合戦が始まる。壮観ではあるが、事情を知らない道ゆく人々には異様な光景でしかない。

ただし、勘違いしがちだがトビエイは漢字で表記すると『飛び鱏』ではなく『鳶鱏』となる。トビエイ類の姿形が鳥類のトビを思わせることからついた名で、英名も『Eagle ray(鷲のようなエイ)』である。

トビ(鳶)のようなエイだから『トビエイ』。神戸港にて。

また、他の魚を狙っている釣り人がうっかりナルトビエイを針にかけてしまうことも珍しくない。そもそも大阪湾や淀川にそんな大型魚はいなかったわけで、彼らが使用する釣り具も小型〜中型魚仕様。竿を折られ、仕掛けを切られという事故が続出するため、やはり目の敵にされているようだ。
僕も一度マグロ用の釣竿を用意して大阪湾のナルトビエイに挑んだことがあるが、大の男が二人掛かりでようやく陸に上げることができたほどの大捕物となった。

男二人がかりでやっと捕獲。重いしパワフル!

だが間近でまじまじ観察してみると、水の抵抗を逃すシルエットといい二枚貝を砕く歯といい、隅々まで実に美しい魚である。
見慣れぬ魚でしかも実害があるとなっては嫌う気持ちもわかるが、生物としての魅力は素直に認めてあげたいものだ。
…あっ、そうそう。ナルトビエイは尾のつけ根に毒針を備えているので、釣れた場合はご注意を。
うーん、そういうデンジャラスなところもまたかっこいいぜ。

尾のつけ根には毒針が!要注意だ。

平坂寛

*Discovery認定コントリビューター

生物ライター。五感で生物を知り、広く人々へ伝えることがポリシー。「情熱大陸」などテレビ番組への出演や水族館の展示監修などもつとめる。著書に「喰ったらヤバいいきもの」(主婦と生活社)
「外来魚のレシピ: 捕って、さばいて、食ってみた」「深海魚のレシピ: 釣って、拾って、食ってみた」(ともに地人書館)がある。
ブログ:平坂寛のフィールドノート