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ビジネス的にも成功した奇跡の聖人…聖痕をもつパードレ・ピオ50年忌

イエス・キリストが磔刑に処されたときにできた5つの傷。両掌、両足の甲、そして脇腹につけられた傷は、のちに熱心な信者たちに「聖痕」として現れた。つまり、イエスと同じ苦しみを経験するために、天が信者や聖職者に与えたものとされているのだ。

この「聖痕」の持ち主で最も有名なのは、アッシジの聖フランチェスコであろう。現ローマ法王は、この聖人から名前を得た。そして、イタリア人の間で絶大な人気を誇るもう一人の「聖痕」の持ち主が、パードレ・ピオである。2002年に列聖され「聖ピオ」となった今も、パードレ・ピオの名で愛され彼の肖像画は町のあちこちで見ることができる。2018年は、彼の50年忌である。

 

民間信仰に支えられたカリスマ「パードレ・ピオ」

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 南イタリア出身にふさわしいほりの深い顔立ち、美しく蓄えらえた白いひげ。パードレ・ピオと呼ばれる人物は、1887年に生まれたカプチン修道会の聖職者である。キリスト教信者ではないものにとって、「聖痕」という事象に対しては疑心暗鬼にならざるを得ない。

しかし、1228年にアッシジの聖フランチェスコが列聖されて以来、聖職者としては2人目の聖痕所有者である聖人となったパードレ・ピオは、イタリアでは最も愛される人物の一人といわれている。もちろん、彼の存在を嘲笑するインテリ層も少なくないのだが、なんといっても南イタリアをはじめとする庶民のパードレ・ピオへの傾倒はただならぬものがある。彼の肖像画が、町のバールや床屋など生活の中に溶け込んでいるのは、こうした支持層の事情があるのである。

 

3,800ユーロの「パードレ・ピオ」像の売り上げ、上昇中

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そのカリスマ的な風貌が何よりの特徴のパードレ・ピオは、商業的にも奇跡を起こしている聖人といわれている。壁に架ける肖像画だけではなく、高さ40センチほどの置物が最もよく売れている。値段は35ユーロが相場である。さらに、没後50周年の今年は、高さが3メートル位以上、重さが500キロもある巨大なパードレ・ピオ像の売上が上昇している。価格は、3800ユーロ。顧客はさまざまで、個人が庭に設置したり、自治体が町の公園に置いたりするのだという。

この彫刻を製造している業者は、特に熱心なキリスト教信者ではない。「7人の小人」や「ヴィーナス像」など、主婦が庭に飾りたがる置物とともに、パードレ・ピオ像も製造しているのだ。

南イタリアのカンパーニア州に生まれ、プーリア州で死んだパードレ・ピオの置物は、同じくイタリア南部に本拠地を置くマフィア「カモッラ」の組織もよく購入するうえ、近年では聖フランチェスコの絵画、聖リタのイコンとともに、なんと中国にまで輸出される事態となっている。

とはいえ、パードレ・ピオが亡くなった場所であり聖地となっているサン・ジョヴァンニ・ロトンドの売店で売られているものは、ルッカで製造されたものが多いうえ、中には「メイド・イン・チャイナ」の製品もある。商機を逃すまいとする業者は、国境も宗教の壁もこえて存在する。

 

「生きている」聖人、パードレ・ピオ

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それでは、なぜかくもパードレ・ピオは人気があるのであろうか。

多くの意見では、パードレ・ピオの存在はまだ新しいということにある。彼が亡くなったのは1968年。「ルルドの泉」に巡礼者を集める聖女ベルナデッタ・スビルーは19世紀の人であるし、1981年に話題となった「メジュゴリエの聖母出現」はまだローマ法王庁が公的に認めていない。

生きたパードレ・ピオを見た人の記憶も、ドキュメンタリーに映る彼の姿も、そして血がにじんだ包帯が痛々しい手の傷も、非常に現実的であることがその人気の要因であろう 歴史家セルジオ・ルザットによれば、パードレ・ピオに対するカルトのような信仰が生まれたのは、第一次世界大戦と第二次世界大戦のはざまの時期であったという。

当時、南イタリアは非常に生活が貧しかった。人々は精神的なよすがとして、超自然的な「聖痕」を持つ聖職者が必要であったというのが、ルザットの意見である。無学な庶民によって支えられたパードレ・ピオへの信仰は、彼に関連する予言やレシピまで生み出す愉しい事態となった。北イタリアの良識ある人々は、こうした動きを白い目で見ていることも確かである。しかし、庶民の信仰とは時にこのような陳腐な現象に支えられている。

死後50年たった今もその人気はすさまじい。ラジオ番組「テレ・ラーディオ・パードレ・ピオ」やテレビ局「パードレ・ピオ・テレビ」が存在し、フェイスブックとYouTubeにはそれぞれ40万人と320万人というフォロワーを誇る。月刊誌「パードレ・ピオの声」では、グッズ販売も行われている。

2008年に開催されたパードレ・ピオの列聖式には、イタリア国内外から800万人の参加希望者があったという。また、2009年に彼の遺体が公開されたときにも、教会前に長蛇の列ができて話題になっている。

霊的な分野のカリスマである一方、現在まで残る病院の創立に力を入れるなど現実的な功績を残したことも熱狂的な人気の要因であろう。

 

Sachiko Izawa

*Discovery認定コントリビューター

イタリア在住ライター。執筆分野は、アート、歴史、食文化、サイエンスなどなど。装丁が気に入った本は、とりあえず手に入れないと気持ちが落ち着かない書籍マニア。最近のひとめぼれは、『ルーカ・パチョーリの算数ゲーム』。@cucciola1007

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