アーバンモンスターズ・街中の巨大魚 第16回 奇怪きわまる港町のぬし 神戸の『コブダイ』

神戸といえば異国情緒に溢れる都会的な港町として知られる。
実際、2019年現在において神戸市の人口は全国の自治体でも6位、近畿地方では大阪市に次いで2位を記録する国内有数の大都市である。
が、しかし。この街の足元にもまた、先進的で洒落た街並みに似つかわしくない、きわめて奇怪な魚が潜んでいる。

鬼のような形相で知られる肉食魚、『コブダイ』である。

釣り上げられたコブダイ。異様な姿をしているが、港や堤防など意外と身近な場所に棲む魚である。

コブダイはその名の通り額に大きなコブ状の突起を持つほか、大型個体では下顎まわりにも脂肪が蓄積し独特の風体となる。
さらに口には大きな犬歯状の歯がまばらに並び、時に1メートルにも達する巨体もあいまって見る者になんとも恐ろしげな印象を与える。

妖怪じみた顔立ち

しかし、実際にはおとなしい魚で磯や港の岸壁で甲殻類や貝類を捕食している。
間違っても人間に襲いかかる…などといったことはもちろんなく、ダイバーらから人気を集める存在でもある。

ただし、このコブは大型個体というかオスにしか存在しない。
コブダイという魚は若く小さな頃はすべての個体がメスであり、やがて大きく成長するにつれてなんとオスへと性転換するのである。
ますます妖怪めいてきたが、実はこうした性転換を遂げる魚類はさほど珍しくもない。が、その変貌ぶりの露骨さではコブダイの右に出るものはいまい。
こうした生態の面でもたいへんに興味深い魚と言えよう。

額が膨らみかけてきた全長30センチメートルほどのコブダイ。まさにメスからオスへの転換期といったところか。

また、タイと名はつくもののマダイやクロダイとは遠縁なベラ科に属す。
『カンダイ』なる別名で呼ばれることも多いが、これは『寒鯛』であり冬季に食味が良くなることに由来する。
いや、この現象についてはむしろ暖かい時期に極端に味が落ちるというべきか。主食であるカキやイガイといった貝類が牡蠣に植物プランクトンを大量摂食しているためか、肉が妙に磯臭くなるのである。
そのため、瀬戸内では冬場に限って市場や鮮魚店に並ぶことがある。とはいえ専門に狙う漁師がいるわけでもないので見かける頻度は決して多くないのだが。

コブダイの刺身。歯ごたえと甘みがあって美味。ただし冬季限定。

しかしなぜこんな「磯のぬし」めいた大型魚がよりによって神戸なんて都会の海に?

独特の強い潮流によるものか、神戸市の面する瀬戸内海は植物プランクトンが豊富でいわゆる磯魚にとって住みよい海となっている。これは明石のマダイやタコといった特産品からも見て取れる。
特にコブダイにとって瀬戸内はまさにうってつけの環境であるらしく、国内全土を見渡してみても屈指の多産海域となっている。

古くからそんな瀬戸内地方と京都を結ぶ交通の要として神戸地方は重用されてきた。やがて宋の国との貿易に始まり日米修好通商条約締結による米国への開港を経て今日に到るまで国際都市として栄えてきたのである。

発展にともなう海水の富栄養化もうまい具合に作用しているのかもしれないが、都会化を極めた現在もコブダイをはじめとする瀬戸内らしい魚介類が莫大な人口の足元で暮らし続けているのは素晴らしいことである。

今日もコブダイのブサかわいい顔を愛でながら、神戸の先進的な街と豊かな海がいつまでも共存していくことを願おう。

ほら、だんだんかわいく見えてきたんじゃない?

平坂寛

*Discovery認定コントリビューター

生物ライター。五感で生物を知り、広く人々へ伝えることがポリシー。「情熱大陸」などテレビ番組への出演や水族館の展示監修などもつとめる。著書に「喰ったらヤバいいきもの」(主婦と生活社)
「外来魚のレシピ: 捕って、さばいて、食ってみた」「深海魚のレシピ: 釣って、拾って、食ってみた」(ともに地人書館)がある。
ブログ:平坂寛のフィールドノート