アーバンモンスターズ・街中の巨大魚 第10回 東京湾はサメだらけって知ってた? ※ただし怖くないやつ

海にまつわる恐怖といえば、多くの人が真っ先に『サメ』の存在を思い浮かべるだろう。
実際の事故件数はさておき、あの強大な顎と歯をもってして高速で襲いかかられる光景をイメージすると、直接的な恐怖を覚えずにはおれない。サメを題材にしたパニック映画が多く撮られてきたのも納得である。
特に熱帯地方ではサメの種数も個体数も多く、ダイビングや釣りといったレジャーの最中に彼らに遭遇し、良くも悪くもエキサイトする場面も多い。
では、南洋でなければ遭遇することはないのか?そんなことはない。北は北極海にまで分布する種もあれば、我々のごく身近な場所に暮らす種もある。
たとえば…東京湾岸。

サメとは到底縁のなさそうな東京湾だが…?

首都圏に人口が一極集中している日本という国において、もっとも多くの国民にとっての最寄りの海辺が東京湾奥部である。
そんな『日本一身近な海』に実はサメがわんさか泳いでいることはあまり知られていない。
えっ?
東京湾でサメなんて見たことないって?ウソついてんじゃないよって?
…なら見に行こう。釣竿を持ってボートで京浜工業地帯へ走り出すべし。

沖合ではなく、東京や横浜の街並みを望める沿岸部にそのサメはたむろしている。

そもそも東京湾とは都市部の海というイメージとは裏腹にたいへん豊かな漁場でもある。
数多の河川から注ぎ込んだ栄養塩は膨大な数のプランクトンと、それを糧にするアジやコノシロといった小魚たちを育てる。
…とあらば、それを食らう魚類の王たるサメが姿を見せぬ道理はない。
雑然と並ぶ工場地帯を眺めながら、ためしに魚の切り身でも沈めてみるべし。

サメをおびき出すエサは魚の切り身。アジやサバなど匂いの強い青魚ならより効果的だ。

待つことしばし。魚から血と脂の匂いが周囲へ拡散しきる頃、竿は勢いよく曲がり、それを支える身体は海面へと引き込まれる。
巨大魚などとは縁のなさそうな景色に油断していた分、その力強さと重量感が際立つ。

京浜工業地帯をバックに、強烈なアタックが!
この尖ったヒレは……たしかにサメだ!
掴んだぞ!東京湾奥の主!
東京湾で幅をきかせている『ドチザメ』という種。大きなものは全長150cmほどにまで成長する。

やがて浮上する細くしなやかな身体と三角形にそそり立つヒレのシルエットはまごうことなきサメ。
これが海底を我が物顔で闊歩している(であろう)東京湾奥の主、ドチザメである。

体色は灰色がかった褐色で背から体側にかけて帯状の模様がある。ヒレは比較的小さい。

身体の構造やシルエットなどは紛れもなくサメだが、魚体に対する各ヒレがやや小さい。どうやらヨシキリザメやメジロザメといったスプリンター系のサメと比べると遊泳能力は一歩劣ることが推察される。
身体の断面は末広がり、腹部がフラットなあたりからも彼らが海底を這い泳ぐライフスタイルを選んでいることがわかる。

ヤギの眼を思わせる横長の瞳。

こんな身近にサメがいるなんて、襲われたりしないのかと心配にもなるが、ドチザメは決して危険なサメではない。
まず口の造りがサメにしてはおちょぼ口で、どちらかというと獲物を切り裂くより魚の死骸や甲殻類など海底に落ちている食べ物を拾い食いするのに適している。咬合力もサメとしてはあまり強くなく、きわめつけに歯が非常に細かい。そもそも全長は大きなものでも150cm程度とサメにしては決して大型ではない。
この歯とこの口、この体格ではとても人を襲って食うことはできない。
性質も非常におとなしく、ダイバーたちの人気者になっているくらいである。

ドチザメの歯。鋭いが非常に細かく、いわゆる『人食い』にはほど遠い印象。

日本一身近な『会いに行けるサメ』は危険とは無縁な、とても気さくで付き合いやすい優しいサメなのである。
ドチザメといえば茨城などでは海水浴場に群れで出現し、さも恐ろしげに報道されがちであるがあれは事実無根のスキャンダルでしかない。
どうか毛嫌いせず、親愛なる隣人として接してあげてほしい。

でもおとなしいとはいえ、さすかに捕まえると身をくねらせて咬みついてくるので釣れた場合の扱いには気をつけよう。

平坂寛

*Discovery認定コントリビューター

生物ライター。五感で生物を知り、広く人々へ伝えることがポリシー。「情熱大陸」などテレビ番組への出演や水族館の展示監修などもつとめる。著書に「喰ったらヤバいいきもの」(主婦と生活社)
「外来魚のレシピ: 捕って、さばいて、食ってみた」「深海魚のレシピ: 釣って、拾って、食ってみた」(ともに地人書館)がある。
ブログ:平坂寛のフィールドノート