アリエナクナイ科学ノ教科書:第19回 闇の医学 ドラッグ

マフィアなどの犯罪組織の資金源・・・といえば、キングオブ犯罪的な「麻薬」というビジネス。
ドラッグビジネス。ブラックマーケット。
ただそれが違法なモノであることは知っていても「何が」違法で「どうして」違法なのかを即答できる人は実はあまり居ないのではないでしょうか? それもそのはず、日本人は世界的に「麻薬」カテゴリーに入れられている薬物の使用率ではぶっちぎりの最下位。つまり麻薬が最も普及していない国といえる。例えば日本で最も摘発例が顕著で、芸能人のゴシップ記事でも話題になる「覚醒剤」でさえ、生涯経験率(死ぬまでに一度でも経験したことがあるかどうか)では日本は0.5%、アメリカでは4.9%、イギリスは10.3%(2008 厚生労働科学研究報告書)なのでめちゃめちゃ普及してない、クリーンな国と言えます。
あまりにドラッグが普及していないせいで、シンナーなどの経験者は諸外国より多い面もあるが、それはともかく、それだけ麻薬というものが縁遠いわけで、それはとても良いことなのですが、あまりに知らなさすぎて、それはそれで諸外国に行ったときに困ることもありますし、フィクションを描く上で、何も知らずに描いている(ペロっ! これは麻薬)みたいなことがあっては、それが子供向けのコメディであれば何も問題ないですが、シリアスな大人向けでやってしまうとシラけてしまうこともありますね。

そういうわけで、本日は「フィクションで描く際に役立つ麻薬知識」と題して、諸々を紹介していきたいと思います!

●麻薬の分類
麻薬とひとくくりに言っても、実は国によってマチマチです。
最近、カナダやアメリカのいくつかの州で合法化された大麻などは日本では麻薬扱い(厳密には大麻取締法で所持使用が禁止されている)ですが、逆に日本では睡眠薬として処方されているフルニトラゼパムはアメリカでは持ち込み禁止薬であり医師の証明書がないと携行不可能で、コッソリ持ち込めばバッチリ非合法ドラッグとなります。
このように法律は国によって細かいところは違うのですが、だいたいの国で、XXという物質は許可無く所持や使用をしてはいけない・・・みたいな形で規制されており、逆に言えば、後で紹介するデザイナーズドラッグという法の規制から逃れやすい麻薬も存在するということになります。

麻薬・・・とひとくくりに言っても、多種多様な薬剤があり、効果はそれぞれマチマチですが、大きく分けて3つに分けることが出来ます。

・ニセの活力を与える薬物
使用すると疲労が吹っ飛び、ストレスなどからも解放されて、実力や集中力がみなぎるような薬物群で、代表的なものが覚醒剤とコカイン。麻薬中毒者からは「アッパードラッグ(気持ちをアゲる薬)」コカインは中米~南米の熱帯地方に生えるコカの木から抽出される成分から生成されるため、そうした地域に根ざすマフィアの資金源となる。

一方覚醒剤も中国などに生えるマオウという植物からの成分(エフェドリン)からの合成も可能だが、簡単な分子構造のため様々な物質から直接合成できるため、アンダーグラウンドラボで密造されており、世界各地場所を問わない犯罪組織の新たな資金源になってきている。
アンダーグラウンドラボでは、覚醒剤の他、MDMAや5Meo-トリプタミンなどのデザイナーズドラッグが多く合成されている。こうしたアンダーグラウンドラボは世界中の犯罪組織が化粧品メーカーなどに偽装して運営していると言われている。

これらの成分が違法なのは、元気にしてストレスを一時的に消すなどの効果は高いものの、薬さえ使えば苦痛から解放され、肉体の限界を超えてしまう他、精神崩壊を起こすことが多い「非常に強い薬」であるために使用に極めて注意が必要である・・・ということで基本的に「違法」になっているわけです。
ちなみにコーヒーのカフェインも活力を出す成分だが、注意するほどの毒性がないためお咎めはないということです。

・ニセの幸せを与える薬物
麻薬中毒者からは「ダウナードラッグ」などと呼ばれる薬物の一群で、最も知られたものが、ヘロインやモルヒネといったもの。モルヒネは医療用にも使われているオピオイド(ケシからとれるアヘンに含まれる成分)ですが、モルヒネをさらに強く作用するように加工した物質がヘロインです。
材料は先述したように、ケシの花が咲いた後にできる種が熟す前のケシ坊主と呼ばれる大きな果実部分に切れ込みをいれて、そこから染み出す乳白色の液体を集め乾燥させたものがアヘン。これをそのまま喫煙するだけでも非常に麻薬的なのですが、そこからさらに成分を抽出し、分子構造をちょこっといじって、より脳に入りやすくする加工をしたものがヘロインです。

そのため、製造にはケシの栽培が必須で、2000年以前は東南アジアのタイ、ミャンマー、ラオスの3つの国がメコン川で接する山岳地帯をゴールデントライアングル(黄金の三角地帯)と呼ばれ、世界最大級のケシの栽培エリアでした。そこでヘロインの密造も行われていた。

現在は軍の徹底した掃討作戦などがあり減少、その生産地のメインはアフガニスタンなどの中東の貧しい国に移行しつつある。この辺はフィクションを描く上で間違いやすいところなので年代に併せないと難しいところ。

左のつぼみのようなものがケシ坊主という果実。写真のものは植えて良いケシの品種のためケシ坊主は非常に小さく、オピオイドアルカロイドは微量。

ヘロインやモルヒネは脳内のオピオイドレセプターという本来、大けがをしたときなどに痛みを感じなくするために、脳内麻薬が分泌され、それが入るための受容体があるのですが、そこにしれっと入り込むことで、強い多幸感を与えることが中毒者を生む元凶です。そのときに得られる快感、多幸感は、人生を失っても惜しくないと思うほどのもので、人間の脳をバグらせるレベルのため一度中毒者になってしまう(快感を知ってしまう)と、ヘロイン以上の快楽が存在しないため人生自体が無味乾燥化してしまう薬物です。
映画などで描かれるヘロイン中毒者がヘラヘラ笑いながら床にゴロゴロ転がってるのは、もはや体を動かすこともできず、脳が生み出した嘘の幸せの世界にいるため動けなくなっているわけです。
中毒者の経験談を借りると、二度寝のような寝入りばなの感覚に性的な快感や成功時の達成感などの幸せを感じるピークが無限に続く感じ・・・だそうで、そんなものを注射ひとつで手に入れることができるようになると、心の弱い人間は間違いなく虜になってしまう・・というわけです。

ちなみにオピオイドレセプターの仕組みを研究することで、フェンタニルと呼ばれる合成オピオイドが存在しており、最も古いフェンタニルでモルヒネの50~100倍と言われており非常に強力、さらには数千倍の強さのフェンタニルの誘導体も存在する。仮にヘロインの数千倍強力だとすると、1kgのフェンタニルの仲間は6トンものヘロインの密輸に相当するため、密輸1回の見逃しだけで数トンものヘロインの流通を許すことになるわけで非常に凶悪です。
また最近はトリプタミン骨格を持つ麻薬もデザイナーズドラッグとして多種多様なものが作られています。主に性的な感覚を増すということと幻覚を見せる作用も若干持ち合わせるなどいろいろな麻薬が生み出されています。

偽の幸せをもたらす麻薬はヘロイン、モルヒネ、フェンタニル・・・とあるわけですが、実はニコチンやアルコールもこの分類に該当します。どちらも強い依存性があり、わりと大きな社会問題になっているのはご存じのとおりで、世界的な法規制の抜け道的なおかげでタバコは違法を免れただけで、毒性はかなり高い麻薬の一種です。アルコールも適量を超えるとしっかりと脳を破壊するだけの力を持っているのをお忘れ無く。

・幻覚を見せる薬物
幻覚を見せる薬。これは五感から入った脳の情報をぐちゃぐちゃにバグらせることで、見えてないものが見えてしまう薬物の一群の総称です。薬物中毒者の間では「サイケドラッグ」などと呼ばれます。
最も有名なものはLSDというもので、リゼルギン酸ジエチルアミドという舌をかみそうな物質で、偏頭痛の治療薬の研究中に見つかったもので、その強力な幻覚作用をうまくセラピーとして用いることで不安神経症などの治療に使えるということで、一時期サイケデリック療法が行われていた(1950年代アメリカ)しかし、強すぎる薬が現れると遊び半分で乱用して事故を起こすアホが頻繁に出てくるようになり、規制がかかり麻薬として扱われることになった。
現在もLSDの効果から統合失調症の発症メカニズムを解き明かし治療薬の研究などにも活躍している側面もある。
LSDの他はメスカリンなどで幻覚性サボテン(Lophophoraの仲間)などが有名。

幻覚性成分を含むサボテン(サボテン自体は違法ではなく園芸種として販売されている)

また、古代ギリシャでは「エレシウスの秘儀」と呼ばれる幻覚を見せる薬を使った祭事が記録されており、そこで使われていた材料に麦角(麦に生える毒性のカビが作るキノコのようなもの)が使われていたとも言われていますが、製造法が不明なため謎です。またヒルガオ科の一年草、ソライロアサガオの種にはリゼルグ酸アミドが含まれており、LSD程では無いものの強力な幻覚作用などがある。

●麻薬の使用法

麻薬といえば、注射のイメージがありますがどうして痛い痛い注射を医療従事者でもない人が自分でするのでしょう?

実はコレは麻薬をケチるのと作用を強くするという2つの意味合いがあります。

麻薬の大半の成分は胃酸などで分解されるものは少ないため、実は経口薬としても作用可能です。しかし、口から入れると消化管から吸収され、肝臓で解毒されてしまうため、非常に多くの成分が失活してしまいます。解毒を逃れたものがゆっくりと脳に入って作用を及ぼす・・・それが服用です。
そのため肝臓の解毒を受けないために、スニッフという粉を鼻から摂取したりするのは、コカインなどの表現に映画でよく見られる描写ですね。
コカインは注射だと局所麻酔剤としてその場で消費されてしまうほか、脳に可能な限り届けるには肺か呼吸器から入れる必要があるわけです。なので炙って蒸発した遊離塩基を吸引したり、粉をそのまま鼻から吸って、粘膜吸収する特殊な摂取方法になるわけです。

そして注射は肝臓の解毒を免れるため微量で、血液にのって脳にすぐ行くため効き目が出るまでが早い・・・ということで注射を選ぶようになる。逆に言えばヘビーユーザーがたどり着くところであり、最初は炙りやスニッフなどで使用しているものの、スニッフは吸収が遅く、炙りは焦げて燃えてしまう分がもったいない・・・ということから自分の体に不衛生なものを注射するという暴挙に走るわけです。
当然、一切の衛生管理のされていないものを消毒されていないもの、さらには使い回しの注射器などで注射をすることは様々な感染症の原因になります。また麻薬の不純物による病気も平然と起こる他、回しウチでは肝炎やエイズといったどうしようもない病気を罹患するリスクしかないといえます。

くられ

*Discovery認定コントリビューター

サイエンスライター、Youtuber、大学講師第など幅広く活躍。「アリエナクナイ科学ノ教科書」(ソシム)日本SF大会主催 49回 星雲賞ノンフィクションを受賞。近著は化学の生化学の入門を楽しいキャラで学べる「毒物ずかん」(化学同人)、アリエナイ理科ノ大事典(三才ブックス)薬理凶室名義 などがある。現在週刊少年ジャンプ連載中の「Dr.STONE」では科学監修を務める。

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タイトルイラスト:夢路キリコ http://www.yumejikiriko.com/