公園にもお台場にも… 『足元の巨大生物』東京・運河のアカエイ

我が国が世界に誇る大都市といえば、満場一致で首都・東京が挙げられることだろう。
アジア随一、世界でも最大級のメガシティであるこの街は、日本における文化と経済の中心地として目を見張る発展を遂げてきた。しかし、その代償として豊かな自然を失ったのも事実である。
本来は人の生活のそばにいるはずのカブトムシやドジョウといった里山の生物に出会うことすらも都心では簡単でない。
それゆえ東京で忙しく暮らす人々は「この街には生きものがいない。癒しがない。」と嘆きがちである。休日になると、ある人は野生生物の躍動を求めて水族館や動物園へ。ある家族は地方へ出向き、魚釣りや森林浴を楽しむ。そうでもしないと生命の息吹を感じることができないのだから。
…本当にそうか?いいや、そんなことはない。馬鹿を言ってはいけない。
『灯台下暗し』という言葉があるがまさにそれである。実は東京都民1300万人のすぐ足元に東京ならではの豊穣なフィールドが広がっているのだ。
あの有名なデートスポットにも、子どもたちが毎朝歩く通学路や公園にも…。そしてそこにはまさかの『巨大生物』が大量に…。

京浜運河。美しい夜景の足元にはモンスターが潜む。

そのフィールドとは東京湾奥を網目状に走る運河である。
地区で言えば京浜運河に面した大田区、品川区、港区、中央区、江東区。そして荒川と旧江戸川に挟まれた江戸川区だ。
この辺りは東京における…、もとい日本における物流の最重要拠点である。そんなところに大型生物が生息していると言ってもなかなか信じてはもらえないだろう。
だが、騙されたと思ってその海水と淡水が混じり合い、薄く濁った水面へ釣り竿を伸ばしてみてほしい。すぐに嘘ではないとわかるはずだ。

通行人に見られながら竿を伸ばすのはちょっと恥ずかしいが、我慢。

お台場でもいい。親水公園の水路でもいい。とりあえず適当な運河へ行こう。時間帯は昼でも釣れないことはないが、できれば夜間がオススメだ。
そして丈夫な糸と針にアジやサバなど青魚のぶつ切りをつけて無造作に放り込む。
待つことしばし。水底に魚の匂いが十分に拡散すると…、突然すさまじい勢いで糸が引っ張られて竿が折れんばかりに曲がる。逃げられてもまたすぐ曲がる。次々曲がる。
やたら大きな何かが多数、水底のあちこちでうごめいているのが伝わってくる。
ギャラリーに囲まれながら場違いなビッグファイトを制すると、水面に座布団のような巨体が浮かぶ。沿岸性のエイの一種、『アカエイ』である。

親水公園の細い水路で釣れたアカエイ

アカエイは幅1メートル、細く伸びた尾を含めると全長2メートルにも達する大型のエイで、砂地を這いながら主に二枚貝や甲殻類、ゴカイなどの底生生物を捕食して生活する。分布は広く日本各地で見られるが、これほど高密度に生息する場所は東京の運河を除いてはそうそうない。
なぜこんなにもアカエイが栄えたのか?それには東京ならではの理由がある。
東京湾には流入する河川が非常に多く、関東平野から多量の土砂と栄養塩(人間が流した生活排水にも含まれる)が運ばれるためである。これにより東京湾奥とそこに張り巡らされた運河の底には砂泥底が広がり、アサリやゴカイといった小動物が多数生育するようになる。まさにアカエイが暮らすのにうってつけの環境が形成されるわけだ。

それにしてもどうだ。東京都心でもこんなに大きな魚を釣り上げることができるのだ。
このことを知ったらもう「生きものがいなくてつまらない」なんてそうそう言えないはずだ。生命のたくましさと、大型生物のロマンを感じられるだろう。
都心からでも気軽に『会いに行ける巨大魚』アカエイ。これからの暖かい時季は彼らの活動も特に活発になる。ちょっと刺激強めな春の行楽に、あるいは夏休みの小さな冒険に相手取ってみてはどうだろうか(意外に食べても美味)。

アカエイの煮つけ

ただし!一点だけ注意が必要だ。アカエイの尾には強烈な毒針があるのだ。

硬く鋭い毒針。経験者によれば刺されると「バットで殴られたように痛い」らしい…。

この毒針の縁は鋸刃状になっており、これが皮膚を裂くと毒液が塗り込まれて激痛と腫れを、さらに時間の経過とともに壊死を生じる。扱いを間違えると危険な生物でもあるのだ。
だがそんな怪物めいたところもまたカッコいい……とまで言うのはさすがにアカエイの肩を持ちすぎだろうか?いや、そんなことはない。アカエイは間違いなくデカくて、危険で、そしてカッコいいアーバンモンスターなのだ。

平坂寛

*Discovery認定コントリビューター

生物ライター。五感で生物を知り、広く人々へ伝えることがポリシー。「情熱大陸」などテレビ番組への出演や水族館の展示監修などもつとめる。著書に「喰ったらヤバいいきもの」(主婦と生活社)
「外来魚のレシピ: 捕って、さばいて、食ってみた」「深海魚のレシピ: 釣って、拾って、食ってみた」(ともに地人書館)がある。
ブログ:平坂寛のフィールドノート