蟲ソムリエの自由時間(オフタイム):第4回 本場のタガメはフルーティースパイシー

ドンッとゲストハウスの木戸が鳴り、夜中に誰か来たのだろうとそっと開けると、そこには誰もおらず深い闇。目を落とすと、やり場を失った手足をはためかせ、仰向けでくるりくるりと回る大きな虫がいた。

タガメだ!

日本では農薬への感受性があまりに高いために激減し、昆虫館でしかみることができなくなった田んぼの王者。その近縁種であるタイワンタガメ(Lethocerus indicus)が、ここラオスで木戸を叩いたのだ。

その日はスキッと冷え込んだラオス農村部の夜のことだった。2017年の12月、私は2度目のラオス訪問で、国際協力NGOのプロジェクトに参加し、支援先の村へ滞在していた。翌日には村人向けの栄養研修を控え、私は昆虫の栄養について話すことになっていた。埃っぽいゲストハウスに持ち込んだPCで最後の仕上げと発表練習をしていたそこにタガメが来たのだ。

私は確率を信じ運命論を信じないのだが、不覚にも運命のようなものを感じてしまった。「ラオスからもてなされている」と。村の周囲は夜7時も過ぎれば真っ暗で、コンビニも自販機もない。泊まっている村、唯一のゲストハウスには夜間でも蛍光灯が点いているために、走光性のあるタガメが引き寄せられた、ただそれだけなのだが。

しかし、今でもあれはラオスの大自然からやさしく差し出された「お夜食」のようなものだと思っている。つまりラオスにノックアウトされた瞬間だった。もてなされたからには「お礼」をするのが筋だろう。

昆虫食の研究をする中で、「昆虫には栄養がある」と日本で言い続けてきた。昆虫を食べれば食料問題が解決、などと安直なことを言ってきたつもりはないが、場の雰囲気を忖度してちょっとは匂わせたこともあったかもしれない。

ところがラオスは昆虫をよく食べる地域でありながら栄養が十分でない。どうしたことか。どうなっていくべきか。これが私のラオス滞在の課題である。

ラオスに滞在して何度も昆虫を食べる機会に恵まれたが、ラオス人が実に美味しそうに昆虫を食べるのが印象的だった。彼らは栄養を意識して…ではなく美味しいから昆虫を食べている。「貴重なタンパク質」なんていう意識など全くない。まずは美味しく食べることが前提で、その上で栄養豊富な食材である昆虫への意識の向上と、技術開発によるアクセシビリティの向上の合わせ技でようやく彼らの行動を変える準備が整うだろう。

協力するNGOスタッフが何年も現地の健康調査を行ってきたことと、そこでどんな昆虫がどのように食べられているかを1年かけてよく調べたことで、栄養の問題と昆虫の可能性が明らかになってきた。ラオスに「お礼」をするにはまだまだ数年かかるだろうが、その覚悟を決めるきっかけになったのがこのタガメだったと思う。

Credit: 佐伯真二郎

とはいえ、今は深夜、発表の準備も終わった。つまり自由時間(オフタイム)だ。私が、私のためだけに美味しい昆虫を求め、食べる時間なのだ。

ゲストハウスに持ち込んだ海外対応の電気ケトルでタガメを茹で、翅をもぎとり、胸をぐいっと開きかぶりつく。あふれだす肉汁はチュッとすする。鼻にムワッとひろがる動物的なくさみとカメの水槽を思わせる淡水のくさみ。そして強い旨味。

おいしい。

そして茹でている時から部屋いっぱいに広がるフルーティーな強い香り。洋ナシとバナナを合わせたようなトロピカルな香りがもう強すぎて。ゼロ距離のフルーツから想定される香りを優に超えていて、言うならばもはやそれは「スパイシー」だった。

フレッシュな茹でたてのタガメはスパイシーなのだ。目がチカチカするほどのフルーティ。アロマテラピーの精油を間違えてぶちまけてしまったような強すぎる風味。その風味は分泌腺のある胸部に近くなるほど強くなる。そして胸部には翅と脚を動かす筋肉が集中する。貝柱のようなプリンッとした歯ごたえの赤みがかった肉だ。

これか、これが新鮮なタガメの味か。美味しい、というか迷う。既存の私の価値観で味をジャッジされるのを完全に拒否するかのような、王者タガメの自己主張。すごい、素晴らしいとしか言えない。

文献を調べると、この強いフルーツの香りはオスのフェロモンなのだそうだ。産卵場所となる手頃なスポットを確保したオスは、このフェロモンでメスをメロメロに引き寄せ、そして交尾に成功すると、メスが産んだ卵に定期的に水をかけて甲斐甲斐しく世話をし、孵化するまで何も食べずに守り抜く。そんな交尾と子育ての願望を満たす、異性を誘う「攻めの香り」なのだ。

あまりに蠱惑的なその匂いは人間をも虜にしている。なんと似た香りの食品香料を調合した「人工タガメフレーバー」なるものがタイでは生産されていて、日本にも輸入され売られている。

Credit: 佐伯真二郎

東京のタイ食材店で買った輸入の塩漬けタガメを何度となく買い、そのフルーティーな香りを楽しんできたのだが、今回食べた天然と比べてみると、残念なことに、塩漬けタガメの香りはおそらく人工タガメフレーバーを添加したものだろう。天然とは異なり、香りが胸部に集中することはなく全身からその匂いがしたためだ。断言するには天然タガメを塩漬けにする実験が必要だろうが、たとえ人工であったとしても、私が本場の新鮮なタガメを食べたい、という強い思いを喚起してくれた塩漬けタガメ。就活で仙台から上京し、お金もないけど東京にしかないものを買いたいと初めて買ったこの塩漬けタガメの思い出は、決して色褪せない。

タガメの香りはそのままでは強すぎるのと、水槽のような淡水の香りがちょっと邪魔だった。そこでタガメを「フン抜き」することで、香りをクリアにする方法を試してみた。

タガメの口はストロー状で、大きなカマで捕まえた小魚に口を突き刺し、口から消化液を分泌してから溶けた肉をすすって食べる。液体ばかり飲んでいるはずなのに意外なことにフンはしっかりと筒状の固形で、水がすぐに濁ってしまった。市場で買ってきたタガメを5日間毎日水を換え、何も食べさせずに置いたところ、だいぶ水臭さは消えた。しかしスパイシーフルーティーさはちゃんと残っている。

成功だ。生きた状態での「下処理」は昆虫の味を左右する重要なプロセスであると感じた。

Credit: 佐伯真二郎

「タガメからフルーティーな香りがするが、それをスイーツにするのはどうか」とラオス人スタッフに聞いてみたが「想像がつかない」との返事だった。タガメだけでなく、ラオス人にとって昆虫全般は「おつまみ」や「ご飯のお供」だそうで、スイーツという感覚はないようだ。エビカニに比べて磯臭くない昆虫はスイーツにも適している節足動物であると私は確信していたので、日本にいた時から積極的に昆虫スイーツの開発もしてきた。コツはキチン質を加熱しすぎないことだが、ひとまずタガメの話に戻ろう。

タガメも無事に水臭さが抜けたことだし、今回はスイーツを作ってみよう。香りが強すぎることを生かして、他の昆虫で作ると香りが負けがちなバニラアイスと合わせてみる。

以前にエリサンというカイコの一種で作った時、控えめなナッツのようなやさしい香りがバニラに完全に塗りつぶされてしまい、単なるバニラアイスになってしまった苦い経験がある。その時はロフトに行って、手動のグルグル回すタイプのアイスクリームメーカーを買いに行き、バニラ抜きアイスをわざわざ手作りすることになった。

今回はそのリベンジでもある。果たしてタガメの香りはバニラに勝てるのか。タガメと相性のいい生姜も合わせて使うことにした。

フルーティースパイシージンジャータガメアイスクリーム

タイワンタガメ Lethocerus indicus(フン抜きしたもの)        2頭
生姜                                                    10g
バニラアイス            50g
ゴマ                適量
タピオカ粉            50g
屋台で売っているココナッツアイス    1人前

 

フン抜きしたタガメを横開き(ハサミで片側面を切り落として横に開く)し、腹部にある脂肪体と胸部の筋肉をティースプーンでこそげ落とす。スライスした生姜とタガメを合わせ、包丁で何度も細かくたたく。

Credit: 佐伯真二郎

筋状の胸肉がほぐれ、脂肪体と混ざり合い、生姜の粒が見えなくなったら一旦そのまま冷凍し、バニラアイス50gとあわせて練り上げる。翅と脚は水で溶いたタピオカ粉とゴマに浸してから油で揚げて冷やす。

Credit: 佐伯真二郎

屋台で購入したココナッツアイスとともにトッピングして、タガメの翅を飾り付けて完成。

Credit: 佐伯真二郎

口に含むと先にやってくるタガメの強い香りと、後から生姜の粒をかみしめることで広がる爽やかな生姜のピリッとした味わいと香り。そしてバニラアイスの甘み。うん。バニラの香りに負けていない。

しっかりと自己主張をしつつ、そしてバニラアイスに緩和され、スパイシーだったタガメの香りもスイーツとして調和しており違和感もない。絶妙なバランス。お店のココナッツアイスとの味比べも楽しい。ゴマの香ばしさをまとい、パリパリとした翅もしっかりトッピングの一つになっている。

揚げてしまうとタガメの風味は消えてしまうので、これまで揚げ調理には消極的だったが、風味担当の中身と食感担当の外側を分けて料理し、後で合体する、という今回の調理法は風味と食感を同時に楽しむ上で効果的だと思った。

タガメもラオス人から「養殖できないか」とよく聞かれる昆虫の一つだ。前回食べたツムギアリが一皿(100g)140円ほどで売られているのに対し、タガメはたった3頭で倍ぐらいの値段になる。

Credit: 佐伯真二郎

なので重量あたりでは相当に高い。タイではすでに養殖に挑戦している人もいて、日本ではペット用に養殖する愛好家もいるようなので、さほど技術的にも問題ないだろう。そしてタガメは殺虫剤への感受性が極めて高いことが知られている。ラオスでは殺虫剤を使った農業ができるほど裕福な農家はほとんどいないことから、その水でタガメを養殖できれば特産品になることだろう。

しかし完全肉食性で食べ残しも多く、フンも水を汚しやすい性質から、年中豊富な水と新鮮なタンパク質が必要で、それは農村部の人間に必要な栄養と競合してしまうだろう。そして大抵、栄養を必要とする人ほどお金がなく、お金がないと水を供給できるような灌漑設備を持たない。つまりタガメ養殖の導入は今の村には時期尚早、といえるだろう。

今後、別の方法(もちろんそこに別の昆虫が活躍する)でタンパク質を濃縮でき、農村部に新鮮なタンパク質が行き渡り、そしてあろうことかダブついた時には、新たな農村振興としてタガメ養殖を導入できる時期だと考えている。

オスのタガメのフルーティースパイシーな香りが周囲に漂い、引き寄せられたメスのタガメがゲストハウスの木戸にガンガンぶつかってくるような素敵な村が、そのうち誕生するかもしれない。

佐伯真二郎 蟲ソムリエ・NPO法人食用昆虫科学研究会理事長

大学院で研究した昆虫学を応用して美味しい昆虫を探索、料理、オススメする蟲ソムリエ活動がライフワーク。昆虫食先進国であるラオスで子供の栄養が足りていない問題を知り、NGOの栄養支援プロジェクトに2017年から参加して長期滞在中。ラオス人に昆虫料理を教わりつつ、養殖技術を開発改良し村人に広めている。昆虫を茹でて味を記録しており日本での味見と合計して565パターン、356種に。味の昆虫図鑑を作りたい。