蟲ソムリエの自由時間(オフタイム):第3回赤アリノコが紡ぐもの

ラオスにはツムギアリという赤いアリがいる。

日本にはいないので、これまでタイから輸入の缶詰で味わうしかなかったアリだ。

Credit : 佐伯真二郎

行きつけの東新宿にあるタイ食材店、アジアスーパーストアで以前は冷凍のものが入荷していたのだが、近頃は見かけなくなってしまった。缶詰は400g(水煮の水を含んで)で700円ほど。中身は200gもないだろう。高級食材だ。

「カイモッデーン」と呼ばれているこの缶詰、カイは卵、モッはアリ、デーンは赤いという意味なので、直訳すると赤アリの卵。細かいことをいうとツムギアリの卵はゴマ粒よりずっと小さいので、このまるっとした長細い白イクラのような物体は、アリの幼虫や前蛹、蛹も含まれている。そのため「赤アリノコ」あたりがいい訳語だろうと思う。

赤アリノコは水煮になっているため味は淡白で、ダシが出ているはずの水煮の汁は若干缶詰くさく、マヨネーズと和えてサラダのトッピングにしたり、フルーツポンチと和えたりして使っていた。万能といえば万能、初心者向け、そしていまひとつ特徴がない。濃いスープで茹でると縮んでしまうし、かといってしっかり煮込むと崩れてしまう。味を染み込ませる方法がむずかしい。

ラオスに行ったら新鮮なツムギアリをたべよう、と心に決めていた。

そして、確かに実際のツムギアリはもっと味わい豊かで、楽しいものだった。

Credit : 佐伯真二郎

村について見せられた樹上の巣。

ツムギアリは地中に巣を作らず樹上に生きた葉を紡いで巣を作る。紡げる巣の大きさには限界があるので、いくつものサテライトオフィスを持つ。

Credit : 佐伯真二郎

村を案内してくれた保健局の公務員の彼がさっと巣を潰して捕まえてくれた。彼はできる男だ。普通の黒いアリに比べてツムギアリの成虫はやわらかい。体型はすらっと長く、色は薄く赤い。ちりめんじゃこのような食感だったが、とにかく酸っぱい!スープに入れてレモンの代わりになるぐらいの濃度だ。ギ酸の量が抜群で、巣に手を出すと尻からギ酸を吹き付けながら噛んでくる。これもまた痛い。集団でやられるとかなり痛いので、ラオス人でも捕獲を断念することもあるという。

Credit : 佐伯真二郎

私を威嚇するツムギアリ。怒っていることが伝わってくる。私は君を食べたいと思っているのだからその怒りは当然だ。

熱帯に来て彼らの生活を良く見ると、意外なほどに都会にいることがわかる。街路樹を見上げると、いたるところにボールのような紡がれた巣や、その残骸が転がっている。なぜ彼らは都会に適応できたのか。おそらく悪食なのである。熱帯のゴキブリ、とまでは言い過ぎかもしれないが、都会の残渣に含まれるタンパク質を、おそらくあてにしている。色々と試してみたが、乾燥した肉や昆虫粉末を水でふやかしたものなど、かなりタンパク食寄りで、その鮮度にはあまり頓着がなく、かなり好き嫌いが少ない印象だ。

Credit : 佐伯真二郎

そして清潔な水も好むようで、都市部への進出も水道があるためではないか、と思い始めた。こちらは水道管のにじみに集まって水を吸うツムギアリ。

Credit : 佐伯真二郎

とは言っても水道が整備されていない田舎にもいっぱいいる。ラオス中部においては雨季に完全に水没する低地が多い。アリは地中にいるより樹上にいる方が都合がいいのかもしれない。

ツムギアリは市場でも安定した入荷をしており、農村部の住民が痛い思いをして巣を確保し、痛い思いをして成虫を取り除き、幼虫と蛹だけを新鮮なうちに市場に並べているようだ。12月を超えたぐらいから女王の蛹の入ったローヤルツムギアリも入荷するようになり、女王を選別した小皿は通常の働きツムギアリの二倍以上の値段で売られている。女王赤アリノコはやはり食感が格別だ。

Credit : 佐伯真二郎

シュクっとした左の働きアリノコよりも、右の女王アリノコは体積にして10倍ぐらい大きい。

Credit : 佐伯真二郎

そしてさっとゆでて氷水で締めると、口に入れた瞬間パッチーンプッリーンと恐ろしいほど弾けることがわかった。そして肉食であるために、若干磯臭いような動物っぽいムレ臭があることもわかったので、これはイクラと並ぶ美味しいスシ向けの食材になる気がする。そう思いつき、ローヤルレッドアリノコを使った軍艦巻きを作ってみたくなった。

しかし寿司の素材が大変である。「Sushi」はもはや日本を飛び出した食になっており、バンコクだけではなくタイ各地でみられるようになった。ラオスでも首都ビエンチャンにはいくつもの寿司屋があり、ここラオス中部でもたまーに随分とアレンジの利いた寿司屋台が出るのを見かけるようになった。

Credit : 佐伯真二郎

しかし毎週毎日、市場に行けば必ずあるツムギアリに比べて、寿司の材料は手に入りにくい。そして似た素材でどこまで代用できるかもわからない。何度か試行錯誤をして、ラオスで手に入る素材でそれっぽいものができたので、レシピを紹介しよう。鮨、にならって、虫偏に旨い、という字を当てよう。どうやら中国語にそれらしき字があるようだが、日本語には対応がない。

 

おすし(虫偏に旨い)のラオスで精一杯のレシピ

うるち米(長粒種)2合

もち米(長粒種)1合

パームシュガー 大さじ5

パイナップル酢 大さじ5

味の素     大さじ1

       小さじ3

味付け海苔   スシ一個につき2枚

 

板の台がいるだろうと、まな板を買ってきた。輪切りの重い木をまな板に使うのがこちらの普通とのこと。森林資源が豊かなのか、これで200円ほどだ。そして板に直接というのもなんなので、笹の葉みたいな敷き紙が欲しい。バナナの葉を取ってきた。バナナの葉は包んだまま蒸してよし、焼いてよし、年中使える優れものの包装容器だ。

うるち米2に対してもち米1で炊いた米に寿司酢の元を混ぜ、粘つかないよう切るように混ぜていく。スシっぽく整形したら味付け海苔を半周ずつ二枚セットし、上に茹でて氷水で締めたローヤルレッドアリノコを乗せて完成。わさびと醤油でいただく。茹でて氷水に入れたアリノコは、互いにくっつくので目の荒いザルですくったら綺麗にローヤルレッドアリノコだけが分別できるわけでもない。しかも今回は蛹と幼虫を分けている。つまり、人力だ。氷が溶けきらないよう迅速に、働きアリノコが混ざらないよう正確に。そして割らないよう慎重に。黙々と分別作業は続く。

そして出来上がり。

Credit : 佐伯真二郎

コクが強くて中身が液体に近く、弾けが強烈な幼虫はネギを振り、蛹の方は少し味が淡白で弾けの圧力は少ないことから甘みを引き出すコーンと一緒に混ぜた。マヨネーズを上から追加しても良い。

もう一つ、養殖しているゾウムシですしを作ったのだが、これは村に養殖を導入中の昆虫で、なぜゾウムシ養殖なのか、村に何をもたらすのか、何を食ってどのぐらい育つのか、などなど経緯を説明するとえらく長くなってしまう。今はオフタイムなのだ。今、目の前にいる、美味しい昆虫を味わおう。

 

ゾウムシすし(開き)

ゾウムシの開き。背ワタを破らないよう慎重にとりのぞき、トースターで2分。脂がこぼれないよう数分待って、とろけるチーズぐらいの硬さになったらトッピング。木の香りがするトロ。トロに比喩するのが失礼なリッチな森の味わい。

Credit : 佐伯真二郎

 

ローヤルレッドアリノコのスシ(ネギ幼虫)

ツムギアリ女王の前蛹と幼虫だけの軍艦。働きアリと混ざって売られていたものから箸で一頭一頭つまみ上げ、さっと湯通しして氷水に入れるとプリッとして透明感も戻る。イクラと甘エビのような味。陸上生物なのに磯の香りもする。白イクラと名付けようか。ネギがシャキッと磯臭さをまとめあげる。

Credit : 佐伯真二郎

 

ローヤルレッドアリノコのすし(コーン蛹)

ツムギアリ女王蛹だけの軍艦。サナギになると味が澄むかわりにコクは減り、シュクっとした食感。コーンで甘みとプチプチ感をプラス。成長段階の味の違いをはっきり比べられる軍艦に。

Credit : 佐伯真二郎

うん。日本の味がする。醤油とわさび以外は全く日本で使わない食材なのに日本の味がした。

世界よ、これがホームシックだ。久しぶりの日本食に大変に満足した。

こちらに来てから日本に帰る度に、無性に生魚を食いたい衝動に駆られていたが、赤アリノコスシで少しは緩和できたように思う。こうやってラオスに流れ着いた日本人によって、アリノコで作られたラオス発の新しいスシが、世界の食文化を紡いでいくのかもしれないなぁ、と食後にしばし妄想にふけった。

佐伯真二郎 蟲ソムリエ・NPO法人食用昆虫科学研究会理事長

大学院で研究した昆虫学を応用して美味しい昆虫を探索、料理、オススメする蟲ソムリエ活動がライフワーク。昆虫食先進国であるラオスで子供の栄養が足りていない問題を知り、NGOの栄養支援プロジェクトに2017年から参加して長期滞在中。ラオス人に昆虫料理を教わりつつ、養殖技術を開発改良し村人に広めている。昆虫を茹でて味を記録しており日本での味見と合計して565パターン、356種に。味の昆虫図鑑を作りたい。