蟲ソムリエの自由時間(オフタイム):第2回 マンゴーイナズマの擬態チップス

イナズマチョウ、という日本では見慣れない蝶がラオスにいる。
成虫は割と地味な茶色いどこにでもいそうな小ぶりなチョウなのだが幼虫がすごい。ひとまずご覧いただこう。

Credit : 佐伯真二郎

見事に葉に隠れている。体の中心を通る黄色いラインが太い葉脈にぴったり沿っているので、大きさの割に見つけにくい。このボヤーっとした体のラインを白い背景で撮影すると、そのトゲトゲしさが見えてくる。こちらだ。

Credit : 佐伯真二郎

初めて見たときはびっくりした。このトゲトゲは虫というよりも針葉樹やウミシダに近い。これで脱皮できるのだから不思議。この虫を見た多くの人は、これは毒のあるトゲだと思うだろう。私もそうだった。

論文を検索してみると、身をもってその毒を試したこんな文献もある。
(参考文献;Euthalia moninaの幼虫は有毒か?  [in Japanese])

この文献ではアカメガシワにつくモニナイナズマ(Euthalia monina)とマテバシイにつくビャッコイナズマ(Euthalia byakk)を肌に触れさせて比較していた。ラオス産が試されたようだが、日本の充実した医療体制でのチャレンジと、ラオスの医療の状況でこれを試すのは大きく違う。この著者はすごい。ひどく痛そうな考察の中で、背部の棘にある黄色の球状部に含まれているのでは、と仮説を述べている。

Credit : 佐伯真二郎

この葉はマンゴーの葉なのでマンゴーイナズマ(Euthalia aconthea garuda)だとわかった。そのトゲを拡大してよく見てみよう。

トゲの根元が膨らんで黄色の球状部……になっているような気がする。これは怖い。
日本語のブログで情報を調べてみても、無毒というものもあれば有毒との話もあっていまひとつ確証がない。

ラオス人スタッフにこの虫について聞いてみたところ、日頃温和な彼が厳しい目をして言った。「絶対に触ってはいけない。ひどい火傷のような激痛で手がグローブのように腫れ上がり、3日は熱が出て1週間は腫れが引かない」とのこと。

毒のあるケムシには2種類の針があることが知られている。一方は本体が生きていると刺す仕組みになっている「毒棘」タイプ、もう一方は「毒針毛」といって、本体が死んでもポキポキ折れながら刺さる脆い毛束の集まりである。毒針毛は生死にかかわらず刺さり、刺さったところを掻いたりすると患部で針がさらに折れ、炎症が大きくなることが特徴だ。どうやらイナズマチョウの毛は構造的には「毒棘」のようで、もしこれなら本体が死ねば大丈夫そうだということでまずは茹でてみた。

茹でると青みがかったグリーンがまるでマンゴーのようなオレンジに。これもまた美しい。

Credit : 佐伯真二郎

指でおそるおそる全身をなぞり、茹でたものは刺さらないことを確認してから口へ。うん。取り立てておいしいわけではないがそこそこ。茹でたトゲの食感がシュクシュクとおもしろく、おそらく天ぷらなどの衣がしっかり絡むだろうと。

これで「茹でたマンゴーイナズマは安全」であることがわかった。ほっとした。日本でアカイラガの幼虫を茹でて食べた時以来の緊張である。「マンゴーイナズマの無毒化に成功した」かに思えた。しかし、これでは「茹でる前のマンゴーイナズマは安全か」がわからないことには、茹でることによる無毒化に成功したかはわからない。

「有毒であること」を確認しないことには、無毒化かどうかははっきりしないのだ。

私が尊敬する素晴らしい図鑑がある。
Dr.夏秋の臨床図鑑 虫と皮膚炎 皮膚炎をおこす虫とその生態/臨床像・治療・対策

皮膚科の専門医が虫を原因とする皮膚炎と症例写真、そしてその対処法を詳細に説明している。虫刺されから皮膚炎に至るメカニズムや虫刺されと言われがちの別の原因の皮膚炎など、さすがの充実の内容だ。

そして実際の症例写真のほとんどは、ドクターが自ら刺されて経過を観察した珠玉の写真集となっている(!)。

図鑑を出したいから、わざと痛い虫に刺されて欲しいなどと、誰に頼めるだろうか。自分でやるしかない、という凄まじいプロフェッショナルな覚悟が伝わってくる。さらに巻末には「無毒な虫図鑑」が掲載されており、ドクター夏秋が虫好きであることも伝わってくる。愛しているからこそ、さされてみたい。そんな倒錯した虫への愛(?)が滲み出てくるような名著だ。

私はドクターではないが、夏秋の教えを噛み締め、やってみるしかない。動画で記録もしておこう。

ハイスピード撮影しているせいもあるが、後から見るとおっかなびっくりな腰抜けである。腰が引けているのが手からわかる。情けないが怖かった。そう。痛くない。

猫の舌のようにザラザラはするものの、刺さるような棘は一つもなかった。つまり私は毒でもない棘と格闘し、茹でて「無毒化」に成功していたと独り相撲をしていたのだ。はずかしい。もともと無毒で、茹でてもやっぱり無毒。そういったマンゴーイナズマ。

いくつかみつけて動画をとってみると、いっちょまえに有毒かのようなムーブもするのだ。これは紛らわしい。

こういった、実際には無毒であっても、近縁の有毒種に似せることで、捕食を回避する生態を「ベイツ型擬態」という。動物はこの姿を避けるだろうし、ラオス人にすら、これらが有毒だとの認識だったので、大成功といえるだろう。しかし私は昆虫学を勉強した身。そう易々と騙されてはいけないのだ。いやむしろ、無毒であるにも関わらず、捕食者に避けられる技を身につけているということは、食用養殖に適していると言えるだろう。

そして、マンゴーイナズマがそもそも無毒であった以上、「有毒イナズマチョウを茹でて無毒化できるか」という問題が未解決のまま残されてしまった。イナズマチョウの仲間には有毒のものがあることはわかっている。

そして、棘の形状をみるに茹でると無毒化できる可能性がある。「無毒化」を明らかにするためにはそれが「有毒であったこと」を示さなくてはいけない。

ここでラオス人スタッフの言葉がリフレインする。「絶対に触ってはいけない。ひどい火傷のような激痛で手がグローブのように腫れ上がり、3日は熱が出て1週間は腫れが引かない」

ここまでラオス人に警告されて、好奇心で触ったのではタダのバカではないか。ふと幼少の記憶まで戻ってきた。「触ってはいけない。ふわふわしているが熱く、触ると火傷し痛い思いをする。炊飯器の湯気に触ってはいけない」と幼少期に、母にキツく警告されたことを思い出す。その直後に母の目を盗んで触ったのだ。そして水ぶくれの指先を必死で隠し、すぐにバレた。そんなバカは卒業して私はもう大人になったはずなのだ。

しかし、指の腫れ上がった私をみたラオス人にはこう思われるだろう。

「あんなに危険だと忠告したのにタダのバカだ」そう思われるのも仕方ない。私はまだまだ好奇心に負けるバカなのだ。毒のあるイナズマチョウに出会うまで、目にしたイナズマチョウをおそるおそる触り続けるだろう。そして痛いと分かったとき、嬉々としてそれを茹で、そしてまた触ることになるだろう。

そんなまだ見ぬ有毒イナズマチョウに想いを馳せつつ、今日は無毒イナズマチョウであるマンゴーイナズマのベイツ型擬態にインスパイアされたマンゴーイナズマの擬態チップスを作ろう。

マンゴーの葉は苦くて美味しくないので、マンゴーの葉をマンゴーの実から作ることにした。

レシピ

青い未熟マンゴー 1個
イナズマチョウの幼虫 あるだけ
小麦粉  少量
揚げ油 300ml以上

 

未熟マンゴーは洗った後スライサーで薄く削る。

完熟マンゴーは甘く芳香があるが、未熟マンゴーは酸っぱく渋みがない。野菜のようにすっきりとした味わいで、ラオスではこれを野菜スティックのように塩と唐辛子の粉末をつけて食べている姿をよく見る。

Credit : 佐伯真二郎

そのまま揚げると中央が揚げナスのようにしんなりしてしまうので、小麦粉をまぶしてカリッとさせる

Credit : 佐伯真二郎

本命のマンゴーイナズマの登場だ。大きく育った終齢幼虫は擬態の名手で、なかなかお目にかかれない。もう蛹や抜け殻になったものや、食べかけの葉を見ると注意深く探すが、3ヶ月で3頭しか見つけることができなかった。

Credit : 佐伯真二郎

そしてからりと揚げる。

Credit : 佐伯真二郎

マンゴーイナズマの擬態チップス

Credit : 佐伯真二郎

フワサクパリ、という歯ごたえはマンゴーの素チップスにはない食感で、細かな毛から中心の太いトゲの根元、そして本体へと、順にテクスチャが太くなっていく様子が反映されていると思える。これは擬態すべき美味しさ。スナック菓子の均一な食感よりも楽しく、もっともっと料理のバリエーションが考えられる。

マンゴーは農薬もいらず、庭に生やしておくだけでしっかり増える。

マンゴーイナズマももっと増えてくれないだろうか。養殖できたらなお嬉しい、見事な味に仕上がった。

佐伯真二郎 蟲ソムリエ・NPO法人食用昆虫科学研究会理事長

大学院で研究した昆虫学を応用して美味しい昆虫を探索、料理、オススメする蟲ソムリエ活動がライフワーク。昆虫食先進国であるラオスで子供の栄養が足りていない問題を知り、NGOの栄養支援プロジェクトに2017年から参加して長期滞在中。ラオス人に昆虫料理を教わりつつ、養殖技術を開発改良し村人に広めている。昆虫を茹でて味を記録しており日本での味見と合計して565パターン、356種に。味の昆虫図鑑を作りたい。