おぞましい生贄の儀式を裏づける新発見か?皮を剥ぐ神に捧げた神殿がメキシコで出土

メキシコ中部・プエブラ州にあるンダチヒアン・テワカン(Ndachjian-Tehuacan)遺跡から血にまみれた過去を持つ神殿が出土した。神殿に祀られていたのはアステカ族を含む多くの先住民に崇められていた豊穣と戦の神「シペ・トテック(Xipe Totec)」。その名はアステカのナワトル語で「皮を剥がされた我らが主」を意味する。

シペ・トテック神は農業と再生を司り、自らの皮を剥いで人々に食物を与えたという。まるで薄皮を剥いたトウモロコシの実があらわになるように、皮を剥いだシペ・トテックの体は黄金色に輝いているとされた。

そのシペ・トテックを崇めるために、かつて人は人の皮を捧げた。春には20日間がかりの盛大な祭りが執り行われ、大勢の生贄がむごたらしく殺された。生贄の体から剥ぎ取った皮を黄金色に染め、司祭が身にまとうことで豊穣を祈願したそうだ。今回の発見ではそんな戦慄の過去を物語る出土品が確認された。

Credit: Melitón Tapia / Instituto Nacional de Antropologia e Historia

 

シペ・トテックの禍々しい痕跡

メキシコ国立人類学歴史研究所(Instituto Nacional de Antropologia e Historia)が発表したところによれば、神殿は先住民ポポロカ族がおよそ1000~1260年頃に使っていたもので、祭壇のような建造物もふたつ見つかった。生贄が処刑されるための場所だった可能性もあるものの、祭壇の用途はまだはっきりとわかっていない。

Credit: Héctor Montaño / Instituto Nacional de Antropologia e Historia

遺跡からは皮を剥がれた人間の頭部のような工芸品も2点見つかっている。フロリダ大学のジレスピー教授(Susan Gillespie)がAP通信に語ったところによれば、ふたつの祭壇は人身御供の亡骸を納めた場所であった可能性もあるそうで、この岩で墓場に通じる穴をふさいだとも考えられるそうだ。

Credit: Melitón Tapia / Instituto Nacional de Antropologia e Historia

なによりシペ・トテック神の存在を裏付けたのは砕かれた状態で発見された石像の胴体部分だった。写真から見て取れるように、左手の腕の先には手のひらがふたつ付いている。ひとつは胴体の持ち主のもの、そしてもうひとつは生贄の皮がぶら下がったものだ。

Credit: El Comandante / Wikimedia Commons

 

生と死のはざまに

シペ・トテック神は人の皮をまとった状態で表現された。自分の皮を剥いて人々に豊穣を約束する見返りとして生贄の皮をまとったのだろうか。

農業の守護神と同時にシペ・トテックは戦の神としても崇められていた。The Dark Side of Historyは、その頃の戦が農業と密接な関係を持っていたと指摘している。

現にアステカ族はほかの先住民に戦をしかけることで領土(すなわち農地)を拡大するとともに、人身御供を確保していた。いわく「野の花を摘み取るように」敵地から人をさらったので、「花戦」と言われたほどだったという。

生け捕りされた捕虜たちは生贄となり神々の名のもとに殺されていった。シペ・トテックを祀る儀式においては兵士にいたぶられ、または一度にたくさんの矢に打ち抜かれて大量出血したのちに司祭により石のナイフでまだ動いている心臓をえぐり取られた。死体から丁寧に剥がされた皮は20日間の祭りを通して司祭たちの身にまとわれ、やがて朽ちて悪臭を放つ。とうとう死人の皮が腐り果てた末には下からみずみずしい生きた人の肌が露出し、「再生」に見立てられる――。

このようにして春の息吹、そして自然の再生する力を祀ったのがシペ・トテック信仰の根幹にある。そのおぞましい歴史の実態は遺跡のさらなる発掘とともに次第に鮮明になってくるはずだ。

Credit: Melitón Tapia / Instituto Nacional de Antropologia e Historia

 

山田 ちとら

*Discovery認定コントリビューター

日英バイリンガルライター。主に自然科学系の記事を執筆するかたわら、幅広いテーマの取材やインタビューにも挑戦中。根っからの植物好き。シペ・トテックの記事を書きながら、とある有名なマンガに登場する人物「のっぺらぼう」を連想せずにはいられなかった。 https://chitrayamada.com/