まるで1400年代のAmazon?書籍販売業の雄であったヴェネツィアの商人たち

Eコマースの巨人「Amazon.com」が誕生する500年以上前に、誕生したばかりのグーテンベルクの印刷技術をいち早く導入し、書籍販売の雄となったのがヴェネツィア共和国であった。

「1400年代のAmazon」と歴史家たちが呼ぶヴェネツィア共和国の書籍の出版と販売業は、どのようにして拡大されていったのであろうか。

 

500年前は印刷技術の普及、21世紀はインターネットの普及

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書籍販売をコアビジネスとするアマゾンと1400年代のヴェネツィアの商業には、商売が軌道に乗るための大きな分岐点があった。

1455年にヨハネス・グーテンベルクが聖書を印刷したのを皮切りに、活版印刷技術が普及し書籍の生産がそれまでとは比べ物にならないほど飛躍的に増える。アマゾンがインターネットの普及と同時に巨大化したのと似た現象が、500年前のヨーロッパでも発生したのだ。

グーテンベルクが聖書を印刷したのはドイツのマインツであったが、その新しい技術は海洋王国ヴェネツィアで成長したのである。安定した政治と経済が、事業の発展の理由であった。

 

リアルト橋周辺に200以上あった印刷所

ヴェネツィア共和国には、1500年前後には200以上の印刷所があったといわれている。大学都市で文芸が盛んであったボローニャは50、花の都フィレンツェは20、ローマ法王のお膝元のローマは30というから、ヴェネツィアはまさにその数で抜きんでていた。

そして、交易で栄えたヴェネツィアにふさわしく、その印刷所からはラテン語やイタリア語だけにとどまらず、英語、キリル文字、フランス語、ドイツ語、アラビア語、ギリシア語などあらゆる言語の書籍が生まれていたのである。イタリア半島内外から注文が殺到したのも当然であろう。

 

書籍販売の雄となったヴェネツィアのアルゴリズム

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ヴェネツィア共和国は、すでに香辛料や織物の流通において欧州では比肩するものがいない強力なネットワークを完備していた。だから、書籍も印刷さえすれば販売経路には困らなかったのである。

生産から流通、そして販売までの時間を短縮するために、書籍本体の印刷はヴェネツィア本国で行い、装丁やイラストの挿入は受け入れ先で行うというシステムまで整っていた。

書籍の価格は、紙が高価であったことや大量生産できないなどの理由から、当時の一般庶民には手が届かない高価なものであった。かつ識字率も低かったことから、書籍は一部のエリート層だけのものであった時代が長かったのである。

しかし、現実主義のヴェネツィアの商人たちが出版した書籍は、聖書をはじめとする宗教書よりも、実用本が多かったというのがこれまた現代のノウハウ本の隆盛と似ているではないか。

 

ヨーロッパの共通語であったラテン語の文法書や会計の本がバカ売れ!

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というわけで、当時もっともよく売れたのがヨーロッパでエリート階級の言語とされていたラテン語の文法書であったという。また、商人に必須の算術や会計マニュアルがベストセラーとなった。その他、ワインの正しい醸造法、機織技術、サイコロ遊びの本がよく売れていた記録が残る。

書籍はこうして、エリートたちだけのものから一般の人々にまで浸透する時代を迎えるのである。レオナルド・ダ・ヴィンチが自ら作成した書籍のリストには、1465年に著された料理本『正しい食卓がもたらす歓びと健康』がある。この書籍も、1475年からヴェネツィアで出版されている。

 

印刷技術がもたらした書籍の価格革命

貴族や富裕層が所有していた美麗な写本に比べると、印刷によって実現した実用本は非常に安価であった。

1484年から1488年にかけて、ある出版人が印刷した2万5千冊のタイトルと価格の記録がある。700部が売れたラテン語教本は、鶏肉やウサギの肉とほぼ同額であったという。また、ラテン語の文法書は5ソルドであった。これは当時の熟練技術を持つ労働者の、日給の半分であった。つまり、庶民にも十分に手の届くレベルまで書籍の価格が下がったことを示す。当時のベストセラーは、数百部が基準であったがこの価格ならばあっというまに売り切れたことは想像に難くない。

一方で、富裕層のための書籍も出版販売は続いていた。同時期に、ローマで出版された『ローマ法大全』は、上質な革のブーツ十足分と同様の値であったという。

 

出版案内、句読点とイタリック体、小型本を発明したマヌーツィオ

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数々の出版人の中でも、とくに高名なアルド・マヌーツィオである。

自身も教養人であった彼は、全財産を投資して出版工房を開業する。全出版物の価格が明記されたカタログを作成し、顧客に郵送するサービスを開始したのはマヌーツィオである。イタリック体や句読点を使用し、小型本を発明したのも彼であった。これによって、書籍は従来の八分の一の価格に抑えられたというから画期的である。

1450年から50年のあいだに、ヴェネツィア共和国内で出版された書籍はある調査によれば800万冊に及ぶという。書籍の概念を根底から覆した、革命的な事象と言えるだろう。

 

Sachiko Izawa

*Discovery認定コントリビューター

イタリア在住ライター。執筆分野は、アート、歴史、食文化、サイエンスなどなど。装丁が気に入った本は、とりあえず手に入れないと気持ちが落ち着かない書籍マニア。最近のひとめぼれは、『ルーカ・パチョーリの算数ゲーム』。@cucciola1007