賭けも成り立たないほどの強さを誇った伝説のサラブレッド

人間の貴種も「サラブレッド」と表現するように、馬のサラブレッドは知らぬ人がいない競走馬のエリートである。サラブレッドは、近代競馬の発祥とされる英国で18世紀に生まれた。

そして、18世紀後半には18戦18勝の記録を誇る伝説の名馬「エクリプス」が生まれる。

その名馬が生まれるまでに、競走馬にはどのような歴史があったのであろうか。

 

ターパンからアラブ種へ、バルブ種からアンダルシア種へ

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古代から人類は、より速い馬の改良を行ってきた。ユーラシア大陸が原産といわれる「ターパン」から、馬の歴史の中では特筆すべき重要性を誇る「アラブ種」が生まれる。ターパンはすでに絶滅した品種であるが、アラブ種は耐久性、速さ、エレガンスがことのほか愛された。

一方、北アフリカ原産のバルブ種は、イベリア半島で交配が重ねられた。その名の由来となったアンダルシアには、現在も由緒ある王立のアンダルシア馬術学校が存在し、優美な馬のバレエを見ることができる。

ちなみに、天才レオナルド・ダ・ヴィンチを魅了したマントヴァの馬は、競走馬の改良に熱心であったマントヴァの領主が所有していたアラブ種やスペインの馬である。レオナルドは、数多くの馬のデッサンを残している。

 

英国で流行した「グランド・ツアー」が馬の交配に拍車

こうした馬の品種改良は、英国においてさらにさかんになった。16世紀の英国の王たちは競馬を愛し、より速度の速い馬を入手することに熱心であった。この目的のために、英国産の馬たちが他の品種とかけられて新たな品種が生まれることになる。

外国産の馬の情報をもたらすのは、当時英国で流行していた「グランド・ツアー」でオリエントを旅行してきた上流階級の人々である。その結果、アラブ種、バルブ種やイベリア半島の馬が大量に英国に運び込まれた。

こうして生まれたのが、「サラブレッドの三大始祖」と呼ばれる種牡馬であった。

そのうちの一頭、「バイアリーターク」から伝説的な名馬「エクリプス」が生まれている。

 

ギャンブルのビジネスを崩壊させかねない強さを誇ったエクリプス

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エクリプスは、1764年の春に王族軍人カンバーランド公の厩舎で生まれている。その日、日食(Eclipse)であったことから名づけられたこの馬は、カンバーランド公の死に伴って二束三文で羊肉販売者に売られていく。しかしこの悍馬を持て余した所有者は、その後陸軍大佐のオケリーに所有権の半分を売却。オケリーが見つけたサリバンというアイルランド人のトレーナーにより、無敵の競走馬として育てられた。

エクリプスの並外れた資質は、人々にエクリプスのライバルに賭けることを躊躇させるほどで、ギャンブルとしてのビジネスが成り立たないという笑い話まで生まれている。記録によればエクリプスは、時速90キロを誇っていたという。そのパフォーマンスは、エクリプスの強靭な心臓と肺の能力によって支えられていた。この馬を祖先とする競走馬は、300を超えるといわれている。

 

英国が誇る馬の飼育と繁殖の産業

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こうして、英国のサラブレッドは世界最速という高名を誇るようになる。

それに伴い、競走馬の飼育や繁殖に関連する産業も大きく花開いた。サラブレッドは、突出した身体能力と精神力に恵まれている一方、神経質で激しやすい性質も特徴であり、熟練の騎手しか乗りこなせないともいわれている。

しかし、より優秀な競走馬を生み出すために交配する馬を選択した古人が現状を見ることができたとしたら、その結果に大いに満足することはまちがいない。

 

Sachiko Izawa

*Discovery認定コントリビューター

イタリア在住ライター。執筆分野は、アート、歴史、食文化、サイエンスなどなど。装丁が気に入った本は、とりあえず手に入れないと気持ちが落ち着かない書籍マニア。最近のひとめぼれは、『ルーカ・パチョーリの算数ゲーム』。@cucciola1007