“世界一醜い生物”ブロブフィッシュが福島で汚名を挽回する日

ときにグロテスク、ときには滑稽な姿形で、我々を驚かせ、また虜にする「異形」たち。我々はなぜ「異形」に魅せられてしまうのだろう。「異形room」では、動植物から神話や伝説に登場する怪物まで、さまざまな「異形」があなたの訪れを待っている。それぞれの異形の持つ意味やその妖しげな魅力を、存分に堪能してほしい。

想像してみてほしい。光の届かない、深い海に潜っている自分を。見えるのは手にしたライトが照らし出す、雪のように白く舞うプランクトンと、円形に浮かび上がる海底の砂のみだ。変わらない風景に、少しずつ退屈になってくる…とその時、光の輪の中に、いきなり現れたゆるキャラが 「ボク、ママを探してるの」と心細そうに声をかけてきたら…!

安心したまえ。実際にはこの魚、ブロブフィッシュは深海に生息する魚であり、ダイビング中に出会うことはないはずだ。そしてあなたの聞いた声は単なる空耳だから。

世界一醜く愛らしい生物

それにしても、ブロブ (blob=ゼリー状の塊。同名のホラー映画を想起する人もいるだろう)の名にふさわしい、半透明でピンク色の肉塊のような身体、その身体いっぱいに広がって口角の下がった唇、そしてぺたんこに潰れた鼻…どれを取っても「世界一醜い魚」の異名にふさわしい。しかもどことなくユーモラスで、目に焼きつく姿形だ。

実際、2013年に英国の団体「Ugly Animal Preservation Society」が行った投票により「世界一醜い生物」に選出されると、ブロブフィッシュはまたたく間に熱狂的なファンを獲得した。

ピンクのゆるキャラはぬいぐるみをはじめ、アプリや絵本にもなっている。また、絵本作家のMichael Hearstは、この魚の曲を作詞作曲し、自身のウェブサイトで公開している。また、映画『メン・イン・ブラック 3』にはカメオ出演も果たしている。公開は選出前の2012年だから、すでに一部では知られた存在だったようだ。

偶然の一致

魚というよりは、禿頭の人物の頭部にしか見えない姿には、植物や魚といった食材から異形の肖像画を生み出した巨匠、アルチンボルド(*1)の作品も想起させられる。(むしろ、某大統領に似ているという声もネット上ではささやかれているが…)。

©︎ Grufnik/Patricia Piccinini/Creative Commons via Flickr.

ちなみに、上の写真は、オーストラリアのアーティスト、Patricia Picciniによる「Eulogy」という作品である。この魚を手にしている人物も作品の一部だ。

カリカチュアされた人物の顔のように見えることが、ブロブフィッシュをここまで有名にしたといえるだろう。でも待ってほしい。実は、有名になりすぎた写真の数々は、この魚の本来の姿ではないのだ。

剥ぎ取られた皮

「本来、ニュウドウカジカはピンク色ではないんです」と訴えるのは、水族館「アクアマリンふくしま」の松崎浩二研究員。ニュウドウカジカ(Psychrolutes phrictus)(*2)とは、ブロブフィッシュの和名である。

「この魚は深海底に棲息しているため、底引き網に偶然かかったものが発見されることが多く、引き揚げられる途中に、網にこすれて柔らかい皮膚が裂け、剥けてしまうのです」。つまり我々は、皮を剥ぎ取られた魚の姿を見ていたのだ。

このような写真が本来の姿と認識されてしまうくらい、この魚のことはよく分かっていない。レッドデータには載っていないものの、底引き網による誤獲例が増えているため、多くの研究者が、ニュウドウカジカの絶滅を危惧しているという。

ここで改めてブロブフィッシュこと、ウラナイカジカ属の魚たちについて紹介しよう。この魚の仲間は、太平洋からインド洋、大西洋にかけて広く分布している。その一種であるニュウドウカジカの剥ぎ取られる前の皮膚は黒褐色〜白色であり、表面には全体にトゲのようなヒゲも見られる。泳いでいる姿は、オコゼといった馴染みのある魚にも似ている。

©︎ Rachel Caauwe/Wikimedia/CC BY-SA 3.0

特徴的な「鼻」(実際にこの突起の前後に鼻孔があり、嗅覚を持っているという)も、生前、皮膚に覆われている時には目立たないことが分かるだろう。

しかし、ニュウドウカジカの生存戦略は、浅海に棲息する魚とは全く異なっている。水深1,000メートルの世界には、地上の気圧の10倍以上の水圧がかかっているからだ。

例えば浅海の魚に見られる浮袋は、高圧の世界ではほとんど役に立たない。このため、ニュウドウカジカの身体は、ゼラチン質の肉で覆われている。比重が周囲の海水よりわずかに軽いため、海底近くで浮き続けることができるのだ。

また、運動に必要なエネルギーを節約するため、この魚は進化の過程で省エネの道を選んだ。獲物を追い回すよりも、目の前の獲物に喰らいつくことにしたのだ。身体の筋肉を必要最小限に抑えることで、エネルギーの節約と浮力の確保にも成功した。この柔らかさが、皮を剥がれるとだらりと全体に垂れ下がった「ユルい」印象を生んでいたのだ。

泳ぐ姿で「名誉挽回」なるか

いま、世界でも珍しい「生きたブロブフィッシュ」、ニュウドウカジカ(*2)を見られる水族館があるのをご存知だろうか。

先の松崎が研究員として勤務する「アクアマリンふくしま」がその場所である。北海道知床の水深750〜1000mで採集されたという3個体は、8月時点で採取から80日以上が経過し、昨年の最長飼育記録、30日を大きく更新中だ。

ニュウドウカジカに限らず、深海魚を生きたまま捕獲するのは至難の技だ。捕獲を目的とした採集でも、水圧の違いから、その9割は水揚げ時には死んでしまっているという。アクアマリンふくしまでは、知床の地元漁師たちと良好な関係を築き上げている。いまでは珍しい深海魚が網にかかると丁寧に網から外して連絡してくれるのだという。

こうして生体を飼育することにより、初めて明らかになることもある。例えばバックヤードの水槽には、2頭のニュウドウカジカが泳いでいるが、1頭は黒褐色、もう1頭は白色であった。これが数日前には逆であったというのだ。どのような理由でこの魚が体色を変化させるのかはまだよく分かっていない。

ふくしまアクアマリンのスタッフは、生きて泳ぐ姿を見てもらうことで「世界一醜い生物」というニュウドウカジカの名誉挽回を願っている。しかし、飼育記録は更新されているものの、まだエサは口にしておらず、強制給餌を行なっているという。水槽の向こうから静かにこちらを見返す眼差しは、「ゆるキャラ王」の座を明け渡したくないようにも見えた。

©︎ アクアマリンふくしま

【*1】
ジュゼッペ・アルチンボルド(Giuseppe Arcimboldo)
1527〜1593年
16世紀イタリア出身の画家。食材や道具など、身の回りにある日常的な物を組み合わせて構成した肖像画で知られる。ウィーンとプラハでハプスブルグ家の寵愛を受け、宮廷の演出家として活躍した。

【*2】
名称:ニュウドウカジカ(Psychrolutes phrictus
生息域:米国西海岸〜ベーリング海および日本の沿岸部。水深500〜2,800m
体長:最大約70cm
体重:最大約9.5kg

 

山西三穂子 *Discovery認定コントリビューター