「ローマ大火」は皇帝ネロの放火?暴君と大火災に挑んだ古代の消防団たち

古代ローマ皇帝の中で、ひときわ悪名が高い「ネロ」。

彼の治世下で、ローマの大火と呼ばれる大火災が発生した。西暦64年7月18日に起こったこの大火は、7日にわたってローマを火の海に沈めた。

この火事、ネロ帝による放火説が数世紀にわたって絶えない。この真偽はともかく、当時の首都ローマで機能していた「消防団」が、この時は消化の水の調達に苦労したため鎮火が遅れたという説もある。

初代皇帝アウグストゥスが整備した古代ローマの「消防団」は、「痛みあるところに我らあり」というモットーのもと、ローマを火から守っていた。

 

ローマ帝国時代の夜は、かなり騒々しかった

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歴史家タキトゥスによれば、古代ローマに消防団が編成されたのは紀元前289年のことだという。共和制から帝政に移行するにあたり、初代皇帝アウグストゥスがより機能的にこの制度を整えた。

アウグストゥス帝は、ローマを14の地区に分けている。一消防団は1000人から編成され、ローマの2地区を担当するのが常であった。ローマ軍に準ずる扱いであった消防団は、夜警も行い火の用心に努めたほか、夜中に横行する泥棒退治にも一役買っていたという。紀元前45年にジュリアス・シーザーが制定した法令では、日中の馬車の渋滞を避けるために、商業用の輸送車の乗入れは夕方から夜半にかけて行われていた。葬儀も、一般的に夜に行われる慣習があった。そのため、古代といえどもローマの町は、夜間もかなり騒々しかったのだ。

 

消防団の道具と役割

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古代ローマの消防団は、役割分担が非常に明快であった。

まず、最も重要であったのが水の確保係である。

ローマの町は、インフラが整っていたため水の供給量は多かった。それでも、消火活動となると、どこの水道からどのように水を調達するのかが最重要課題であった。このスペシャリスト軍団が、消防団内に存在した。彼らは、バケツリレーもプロ級であった。

また、高所の火を消火するためにポンプの扱いに長けたグループ。インフラ技術では定評のあったローマ軍が有するポンプは、消火活動に不可欠であったという。

さらに、水や酢につけたむしろなどを利用して、類焼を防止するグループ。

高所に取り残された人たちを、下で大きな布を広げるなどして受け止める救助隊。

火事場泥棒を防ぐ治安担当班。

そして、一消防団に常駐の医師が4人。けがややけどを負った被災者の救済に当たっていた。

また、彼らが使用していた道具も、残された遺跡のレリーフや石碑から明らかになっている。水圧を上げるポンプ、はしご、縄、水をリレーするバケツ、水や酢を含ませる布、斧、つるはし、のこぎりなどが道具一式で、これらは馬車で現場に運ばれる。

しかし、首都ローマには1万5千近い建物があり、とくに「インスラ」と呼ばれた庶民が住む木造の建物が立て込む地域は、水や消火道具を現場に運び込むのに大苦労をしたようだ。西暦64年の大火も、庶民が住む地域に消火活動の道具と水が運べなかったことが、被害を大きくした要因であった。

 

大火の後の皇帝ネロ

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ところで、皇帝ネロはこの大火の原因をキリスト教徒にあるとして彼らを処刑したといわれている。この一事だけが、大火後のネロの行為として注目されがちだが、ネロが行ったのはそれだけではなかった。

彼は、庶民の住宅地の空間の欠如から消火活動が全く行えなかったことを重く見て、直線の道の整備、建物の玄関部分の空間の確保、防火用の壁の素材の指定、建物の高さの限定など、防火や消火のためのルールを定めている。

ローマの再整備のためにネロ自身がローマに放火し、その様子をパラティーノの丘から竪琴を奏でながら見ていた、というネロ像は数千年このかた根強く残っている。

現代の歴史学者は「ネロ放火説」はほぼ否定しているが、火事でがれきの山となったオッピオの丘周辺を更地にして、豪華な私邸を建ててしまったのだから統治者としてのネロは欠点が多かったのも確かなのだろう。

 

ローマ帝国の衰退とともに瓦解した消防団

抜群の組織力と技術を誇ったローマの消防団ではあるが、ローマ軍と同様に帝国の衰退とともに組織も機能を失っていった。

しかし、現代イタリア語の「消防士」という言葉はローマ帝国の消防団を表すラテン語が語源となっている。名前だけではなく、その組織力もすでに近代的であったといえるかもしれない。

 

 

Sachiko Izawa

*Discovery認定コントリビューター

イタリア在住ライター。執筆分野は、アート、歴史、食文化、サイエンスなどなど。装丁が気に入った本は、とりあえず手に入れないと気持ちが落ち着かない書籍マニア。最近のひとめぼれは、『ルーカ・パチョーリの算数ゲーム』。@cucciola1007