8か国をまたぐ「石積みの壁」が新たなユネスコ世界遺産に…登録国間ではライバル意識メラメラ

今年も、ユネスコの世界遺産に登録された様々な地域や文化が公表された。

日本の「ナマハゲ」やジャマイカ発祥の音楽「レゲエ」が無形遺産に登録され、話題になっている。

ヨーロッパでニュースになったのは、8か国をまたいで登録された「石積みの壁」である。シンプルに石だけを営々と重ねて築かれた壁は、地中海の乾いた空気と自然に溶け込んで美しい。

地中海では、国境を越えてユネスコの文化遺産に登録される事例は多い。過去には、国家間で文化遺産登録や候補を巡って騒ぎになったこともあるのだ。

 

「人間と自然が調和した関係」が評価された石積みの壁

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乾いた空気と大地の中に広がる、オリーブの木やブドウの木。その合間に、武骨なほど素朴に築かれている石積みの壁は、「人間と自然が調和した」と評価され文化遺産に登録されるに至った。

石と石のあいだには、接着材となるものは何も使用されていない。「ドライ・ウォール」と呼ばれるゆえんである。また、雪崩や洪水、土地の浸食を防止し、生物学の分野から見ても有効である点も、評価が高かった理由だという。農業文化の一端として数世紀にわたり地中海世界に定着してきた壁は、地球の環境を考えるうえでも重要な役割を果たしているのだろう。

原始的ではあるが、自然と対峙してきた人間の智がそこには結集している。異邦人である我々が見ても、なぜか懐かしさを覚えるのはこうした理由があるのかもしれない。

 

「地中海式食」は7か国、「石積みの壁」は8か国!

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2013年に文化遺産に登録された「地中海食」は、キプロス、クロアツィア、スペイン、ギリシア、イタリア、モロッコ、ポルトガルの7か国にまたがっていることで話題になった。

「石積みの壁」の文化は、モロッコは含まれず、代わりにスロヴェニアとスイスが加えられている。つまり、8か国をまたいだ文化遺産というわけだ。

地中海地方では、こうした複数国の文化遺産登録が頻々と起こる。2017年の世界遺産登録時には、登録をめぐってアドリア海沿岸の町や国でちょっとした騒ぎになったものである。

 

登録候補は全長1000キロ、11か所 6か国をまたぐ!

 

2017年に世界遺産となった「ヴェネツィア共和国が建造した軍事防御施設」は、その名の通り1000年の歴史を誇るヴェネツィア共和国が築いた要塞群を指す。通商が命綱であったヴェネツィアは、本国からアドリア海沿岸の港に堅固な要塞を築き続けたのである。

そのため、「15世紀から17世紀まで」と限定したにもかかわらず、登録候補時にはギリシア、アルバニア、キプロス、クロアツィア、イタリア、モンテネグロの6か国から11か所が立候補。候補者間で揉めに揉め、まずギリシアとアルバニア、キプロスが脱落した。

最終的にイタリア、クロアツィア、モンテネグロの6か所が登録されたのだが、それぞれの国でも登録を熱望していたいくつかの場所は落選。とくに、ヴェネツィア本国の造船所が選から漏れたと知った時には、ヴェネツィア市民はがっくりときたらしい。また、国をまたいだ「世界遺産」は、観光事業などの分野でも一つの名のもとに運営をするのは楽ではないという事情もある。

 

後世に残せるか、課題も多い「石積みの壁」

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一方、石積みの壁は地中海世界では日常生活の中に溶け込みすぎ、その重要性を認識していない人々も少なくないといわれている。あまりに一般化しすぎており、実質的な調査が行われないことも多い。イタリア国内の「石積みの壁」は、登録されているものだけでも17万キロにも及ぶといわれている。地中海世界全体を見れば、この数字は軽く30万キロを超えるのだそうだ。

しかし、農業技術の機械化が進み、石積みの壁は必要がないどころか邪魔もの扱いされる場所も多い。そして何よりも、世界中の職人技と同じ悩み、つまり後継者不足は深刻なのである。

さらに、既存の壁から石を盗み出し、再利用をする人々も後を絶たない。ここ数年、そうした行為に介入する行政機関も増えた。地中海の様々な地区では、この伝統的な技を若者に継承すべく、「石積みの技習得講座」も各地で開催されている。その技をモノにするには、最低でも2年はかかるといわれている。

 

Sachiko Izawa

*Discovery認定コントリビューター

イタリア在住ライター。執筆分野は、アート、歴史、食文化、サイエンスなどなど。装丁が気に入った本は、とりあえず手に入れないと気持ちが落ち着かない書籍マニア。最近のひとめぼれは、『ルーカ・パチョーリの算数ゲーム』。@cucciola1007