バミューダトライアングルの「魔の海域伝説」は真実なのか

バミューダトライアングル……数々の飛行機や船舶が忽然と消える魔の海域として広く知られている。

米フロリダ南部、プエルトリコ、バミューダ半島を結ぶ魔の三角地帯バミューダトライアングルは、なぜ恐れられ、世界中に知れ渡ったのだろうか。そしてその伝説は本当なのだろうか。

 

バミューダトライアングルで起こったとされる事故

バミューダトライアングルの伝説を形作っているのは、いくつかの実際に起きた事故である。

1881年、エレン・オースティン号はニューヨークからロンドンへと向かう途中、スクーナー号という船が漂流しているのを発見した。エレン・オースティン号の何人かの搭乗員がスクーナー号に乗船し、共にロンドンへと向かうが、突然の嵐(一説では霧)に見舞われ、スクーナー号だけが忽然と姿を消してしまったとされる。この事件に関しては矛盾点が多く、いまだに真偽が議論されている。

1918年3月4日、バルバドスから出航したアメリカ海軍の給炭艦サイクロプスが消息不明となった。当時、サイクロプスには309名が乗船していたが、救難信号も発信されておらず、乗員の死体も見つかることはなかった。だが、後の第二次世界大戦中、サイクロプスの姉妹船であるプロテウスとネレウスが想定した積載量に船体が耐えきれないという構造的欠陥が原因で沈没していることから、サイクロプスの消息不明事件も姉妹船と同じ事故によって沈没したのではないかとの見方が強い。

バミューダトライアングルの伝説に関連づけられた最も有名な事件が、1945年12月5日に起こったアメリカ海軍の雷撃機、TBFアヴェンジャーの消息不明事故だろう。ベテランパイロットのチャールズ・キャロル・テイラーの指導のもと、アヴェンジャー5機が大西洋場で訓練飛行を行っていたが、方向を確認するためのコンパスが動作しなくなり、自分たちがどこを飛んでいるか分からなくなった。テイラーたちは着陸できる場所を探すために北へ向かおうとしたが、そこで消息を絶ってしまった。捜索隊も現地に派遣されたが、結局、彼らの消息を掴むことはできなかった。この事件は大々的に報じられ、バミューダトライアングルで起こった異常な出来事として多くの人が知るところとなった。

それからも同海域で航空機や船舶の消息不明事件がいくつか発生しているが、それらは超常現象が引き起こしたわけではなく、原因がある程度推測できるものがほとんどであるようだ。

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伝説が世界に広まったわけ

1950年9月17日、AP通信の新聞でバミューダ海域で異常な消息不明事故が起こっていたことを紹介する記事が掲載されて以降、同じ内容を取り上げるメディアがわずかにだが増えていった。1969年にはジョン・ウォーレス・スペンサーがバミューダトライアングルの事件を取り上げた著書を刊行。1974年に同内容を扱ったチャールズ・ベルリッツの著書が世界中でベストセラーになったことから、今日まで続くバミューダトラアングルの伝説が広く知られるところとなった。しかし現在では、ベルリッツの著書は一部誇張や創作があるのではないかと指摘されている。

衛星やレーダーが発達した現在では、バミューダトライアングルで航空機や船舶が忽然と消える事件は報告されなくなっている。だが、魔の海域ではコンパスなど計器が異常を来したり、突然、霧や嵐が発生するといった話は、映画などフィクション作品の中で今も語り継がれているようだ。