捕らえて、締め上げて、溶かす…美しきモウセンゴケの恐ろしい罠

英語で「太陽の露(sundew)」と呼ばれる食虫植物のモウセンゴケ。葉のまわりにはスラリと伸びた腺毛がいくつも生え、それぞれの先端に粘液の雫がキラキラと光る。

ここにハエトリグサウツボカズラの仰々しさはない。むしろ朝露をたたえてひっそりと佇んでいるかのような控えめな美しさだが、じつはこの小さなモウセンゴケが食虫植物のなかでもっとも危険で、もっとも繁栄している属なのだ。

モウセンゴケが虫を捕まえる手口は巧妙だ。まずは粘液が放つ甘い香りでハエやガなどの小さな虫たちをおびき寄せる。それらの虫が一度でも腺毛に触れてしまったら粘液が絡みついて逃げられない仕組みになっているのだが、本当に怖いのはここからだ。

Credit: Noah Elhardt / Wikimedia Commons

虫があがけばあがくほど腺毛と葉そのものが徐々に折り曲げられ、獲物めがけて覆いかぶさってくる。葉が完全に虫の体を囲い込んでしまうまでおよそ15分。その間、捕らえられた虫は窒息するか疲れ果てて死に至る。

やがて腺毛から分泌される消化液によってドロドロに溶かされ、殻だけになってしまう。虫たちにしてみたら、まさに地獄のような苦しみだろう…。

 

特殊な環境に適応

「トリモチ」と「ワナ」の合わせ技が成すダントツの捕虫能力。なぜモウセンゴケはこんなにも恐ろしい方法で虫を捕らえる必要があるのだろうか?

答えはその特殊な生態にある。モウセンゴケの多くは湿原や沼地などに適応しているが、これらはいずれも土壌の酸性度が高くて栄養素に乏しい「不毛の地」。植物にはとても厳しい環境で、生き延びられる種はごくわずかだ。

捕らえた虫から窒素化合物やリン酸など、植物になくてはならない栄養を取り込むことのできるモウセンゴケならば沼や湿地での生存に有利だ。他の植物との競争が少ないからこそ、モウセンゴケは湿地の暮らしに特化するために高い捕虫能力を身につけた。

そしていまや南極を除くすべての大陸に分布し、世界中で190種以上が確認されている。

Credit: Noah Elhardt / Wikimedia Commons

 

ダーウィンを夢中にさせたモウセンゴケ

ずばぬけた捕虫能力と、不毛の地でも生きていける適応力。このふたつを兼ね備えたモウセンゴケは、かつてダーウィン博士をも魅了したそうだ。1875年に発表された食虫植物の本では、285ページにも渡ってモウセンゴケの研究内容が書かれている。それによれば、虫を与えられたモウセンゴケのほうがより成長が著しく、より花を多く咲かせて種を多く作ったことを確認できたそうだ。

モウセンゴケに魅了されたのはダーウィンだけではなかった。オーストラリアのアボリジニや北米の先住民たちはモウセンゴケの薬用効果も熟知していた。葉を摘んで乾燥させたものを煎じて飲むと、気管支炎、ぜんそく、百日咳や空咳などに効くという。西洋医学の発達以前はヨーロッパでもハーブとして重宝されていた記録が残っている。

箱根湿生花園内の仙石原湿原復元区 Credit: C. Yamada

 

絶滅の危機

そして現代。モウセンゴケに魅了された人間(筆者)がモウセンゴケの自生地まで足を運んだが、季節外れだったこともあり、とうとう見つけることはできなかった(日本で自生するモウセンゴケが花を咲かせるのは6月である)。

しかし、自生地ではモウセンゴケの数が減少しつつあることを知った。湿原や沼地の開発が進み、徐々にすみかを失ってきているそうだ。神奈川県レッドデータブック2006年版によれば、かつて箱根峠付近にも見られたモウセンゴケはいまや箱根仙石原にのみ現存しているそうだ。総個体数は250株未満とも言われ、絶滅危惧ⅠB類(近い将来における絶滅の危険性が高い種)と判定されている。

箱根湿生花園内の仙石原湿原復元区でまだ見ることができるが、こちらは職員の方々の尽力ゆえだ。毎年冬に行われる「火入れ」作業が枯草や樹木の芽生えを抑え、夏の草刈作業が丈の高い草の生育を抑えてくれるからこそ、モウセンゴケなどの小型の植物に十分な陽光が行き渡るそうだ。

モウセンゴケを自生地から採取して生育を試みる人もいるらしい。しかし、湿原という特殊な生態系に適応しているモウセンゴケのこと。もとの環境をそっくりそのまま再現して育てるのは至難の業だ。

モウセンゴケは極端に酸性な土壌を好むほかにも、まじりっけのない水しか受けつけない。純水、蒸留水、または雨水以外の水を与えてしまうと弱ってしまうそうだ。園芸種のモウセンゴケを飼育する際にも気をつけたい。

Credit: C. Yamada

 

山田 ちとら

*Discovery認定コントリビューター

日英バイリンガルライター。主に自然科学系の記事を執筆するかたわら、幅広いテーマの取材やインタビューにも挑戦中。根っからの植物好き。https://chitrayamada.com/