パンは英語じゃないんです!知ってると自慢できる食パンの雑学|シリーズ工場見学

皆さんもよく食べているであろう食パン。ちなみに、「パン」というのは何語かご存知だろうか。実はこれ、カステラなどと同様にポルトガル語から来ているものなのだ。となると、察しの良い方はもう気づいたかもしれないが、パンも鉄砲伝来と同時に日本に伝えられたのだ。

パンが日本に普及し始めたのはその6年後、フランシスコ・ザビエルをはじめとするキリスト教の宣教師たちが日本を訪れ全国で布教活動を始めると、「キリストの肉」とされるパンも同様に全国に広がっていった。しかし、その後の鎖国政策によってパン作りは長崎の出島で細々と続けられるのみとなった。

日本において再びパン作りが進められるようになったのは鎖国政策を始めてから200年以上経った後のこと。1840年のアヘン戦争がきっかけだった。当時江戸幕府はアヘン戦争で勝利を収めたイギリスがそのまま日本に戦争を仕掛けてくると考えており、江戸湾の警備を命じられた役人が「火をおこすことなく食べられ、持ち運びしやすい」と兵糧としてパン作り進めたのだ。戦場では、煙によって敵に位置を知られることはあってはならないことだったのだ。

ちなみに、日本で現在のような食パンが焼かれるようになったのは明治政府成立後。フランスの支援を受けていた江戸幕府が倒され、イギリスの支援を受けた明治政府が成立したことによって、フランスパンに代わってイギリスの山型の食パンが作られうようになったのだ。もし、明治維新が起こらずに江戸幕府が存続していたら、私達にとって最も馴染み深いパンはフランスパンになっていたかもしれない。