おとぎ話に登場する食べ物には隠された意味がある

言語学者のエリッサ・ピッチニーニによれば、食べ物が登場しないおとぎ話はまれだという。それが物語のキーワードになろうがなるまいが、口承文学として庶民に浸透していたおとぎ話には、食べ物が登場するのが当たり前になっている。

日本でも過去に、「本当は恐ろしいグリム童話」という本がベストセラーになったことがある。童話やおとぎ話には実は、民俗学や人類学の分野から見てもさまざまな意味があるらしいことは既によく知られるところだ。

 

赤ずきんちゃんがおばあさんに持って行った籠の中身は?

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誰でも知っている「赤ずきんちゃん」。

我々がこの童話を読んだとき、赤ずきんちゃんがおばあさんへのお見舞いに持って行った籠にはなにが入っていただろうか。日本のバージョンでは、ぶどう酒とケーキが最もポピュラーのようだ。

これがフランスになると、ケーキがガレットにかわる。イタリアでは、フォッカッチャとジャムになることもある。ぶどう酒ではなく、ハチミツやバターであることもある。いずれにしても、読む国の子供たちにとって身近で分かりやすい食材に変幻自在に変化するのであろう。ちなみに、アンデルセンやグリム童話に登場する食材は、パンとスープが圧倒的に多い。

 

庶民にとって何よりも恐ろしかった「空腹」

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「ヘンゼルとグレーテル」もよく知られた童話のひとつである。

「ヘンゼルとグレーテル」は、食べ物が主役級の役割を物語の中で果たしている代表作だ。そして、「飢餓」がこの作品のモチベーションとなっているのも興味深い。

社会学者のローザ・ブルーナによれば、ヘンゼルとグレーテルが道しるべのために落としていく「パンくず」は、当時の庶民の貧しさの象徴であるという。一方、恐ろしい魔女の家は豊かさを象徴するお菓子でできている。絵本で見るこの「お菓子の家」は、クリームやチョコレートがふんだんに使われた色鮮やかな家であることが多い。

しかし実際には、グリム童話が登場する19世紀前半、このような色鮮やかなお菓子は多くなく、当時のお菓子で「お菓子の家」を構成しようとすると実際には非常に地味な色合いであったらしい。

いずれにしても、童話の中に登場する人々が最も恐れていたものが「飢餓」や「空腹」であった。食べ物はだから、貧しさとは対極にある豊かさの象徴であった。だからこそ、「褒美」となったり「罠」となったり「夢」、あるいは「魔法」となったりして物語の中で重要な役を果たしうる。

 

「魚」は魔法の象徴?

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豆類やパンや肉と比べると、比較的登場頻度が低いのが「魚」である。

ところが、「魚」は登場すると、なぜか「魔法」の役割を果たすことが多いのだそうだ。「ピノキオ」はその一例である。ピノキオと生みの親ジュゼッペは、サメに食べられてその腹の中で再会し、マグロに助けられながら生還するのである。

「魚」の特殊な役割について、言語学者のピッチニーニはキリスト教会における魚の重要性の影響であると主張する。初期キリスト教の時代には、「イクトゥス」と呼ばれた魚の形のデザインが、キリスト教徒のシンボルとして使用されたという歴史に因る。

 

2番目に魔法を起こす確率の高い食材は?

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ピッチニーニ教授によれば、「魚」に次いで魔法を起こす確率が高いのは「野菜」である。

「シンデレラ」のカボチャの馬車、天まで伸びる「ジャックと豆の木」はその一例だ。ピッチーニ教授はその理由として、母なる大地がなにかを「生み出す」という概念が定着していたからだと語る。

また、旧約聖書の『創世記』においてアダムとイブをそそのかした「蛇」は、童話の中でもパワーある存在である。この蛇の肉を食べた者は、人間の力を超えた魔法を身につけることが多いのだそうだ。

 

Sachiko Izawa

*Discovery認定コントリビューター

イタリア在住ライター。執筆分野は、アート、歴史、食文化、サイエンスなどなど。装丁が気に入った本は、とりあえず手に入れないと気持ちが落ち着かない書籍マニア。最近のひとめぼれは、『ルーカ・パチョーリの算数ゲーム』。@cucciola1007