人は迷うのが定めなのか…ギリシア神話発祥の「迷宮」に隠された秘密

「人生、即、迷宮」。

この名言を残したのは、芸術家の岡本太郎であった。複雑に入り組んだ困難な道のりと人生を重ねて、端的な表現である。

「迷宮入り」という言葉が生まれるほど、迷宮を抜け出ることは難しい。

「迷宮」は、ギリシア神話に起源がある。その後、ヨーロッパの文化に大きな影響を与え、大聖堂の床には象徴的に迷宮が描かれていることが多々あるのである。

 

牛頭人身の怪物が閉じ込められていた迷宮

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ギリシア神話に登場する迷宮は、クレタ島に登場する。クレタの王ミノスの妻が、牡牛と通じて生まれたのがミノタウロスである。頭が牛で体が人間というミノタウロスは、長じて手がつけられないほど乱暴者になった。困り果てたミノス王が、ミノタウロスを閉じ込めるために作ったのが「迷宮」である。

ミノタウロスのために生贄にされる少年少女たちに混ざって、英雄のテセウスが入り口から糸で印をつけながらミノタウロスのもとに赴く。そして、見事にミノタウロスを成敗した後、迷宮から糸を手繰って抜け出るというのがそのお話だ。

一方、紀元前5世紀のギリシアの歴史家ヘロドトスは、古代エジプトに「人知では計り知れない」迷宮があったと言及している。現在も謎とされているエジプトの地下の迷宮は、おそらくエジプト人にとって現世から来世へ続く道筋であったのではといわれている。

窓も扉もない「迷宮」のイメージは、死への道にふさわしかったのかもしれない。

 

キリスト教の時代の「迷宮」

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異教の中で生まれた「迷宮」をキリスト教の教義に採用したのは、4世紀から5世紀に生きた神学者聖アウグスティヌスだといわれている。キリスト教の時代の「迷宮」は、その中に怪物を隠し持つのではなく、聖なる場所や物を守るための防御として解釈されるようになる。それがやがて、巡礼地への険しい道のりや神に近づくまでの心の葛藤のシンボルとなっていく。

大聖堂の床や宮殿の天井に施されるようになる「迷宮」。キリスト教の時代に建築物の中に登場したのは、4世紀にアルジェリアのティパサの大聖堂が最初といわれている。

最も有名なものは、12世紀に建設されたフランスのシャルトル大聖堂の床に描かれた迷宮であろう。これは、聖地エルサレムへの巡礼の縮小版として描かれたという。このほか、サンス、アラス、ランス、サン=カンタンの大聖堂にも、迷宮が描かれている。18世紀にはこうした迷宮は、「エルサレムへの道」として知られるようになるのである。

 

基本は11周、なぜ?

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聖アウグスティヌスは、迷宮は基本的に11周の円から構成されるとしている。その理由としては、「11」は「三位一体」の「3」で割り切れず、12使徒の「12」には1足りない不完全な数であるからだという。

不完全な数をたどりつつ、神がいる中心にたどり着く。哲学的で奥が深い。

しかし、迷宮が哲学的であるのは当然のことかもしれない。

一度中に入れば迷うことを余儀なくされる迷宮は、まさに人生の縮図である。冒頭にあげた岡本太郎だけではない。詩人のロンサールやネルヴァル、作家ボルヘス、ジョイス、エーコたちも、人生だけではなく恋愛や冒険や恐怖心を表現するために迷宮を比ゆ的に用いるのである。

哲学者ニーチェも、自分自身を宇宙空間の一部として探ろうとすればカオスとラビリンスへと導かれる、と述べている。迷ってなんぼ、それが人生なのかもしれない。

 

 

Sachiko Izawa

*Discovery認定コントリビューター

イタリア在住ライター。執筆分野は、アート、歴史、食文化、サイエンスなどなど。装丁が気に入った本は、とりあえず手に入れないと気持ちが落ち着かない書籍マニア。最近のひとめぼれは、『ルーカ・パチョーリの算数ゲーム』。@cucciola1007