アリエナクナイ科学ノ教科書:第8回 密室トリックと完全犯罪のシナリオ

本連載は、フィクションのための科学知識を深めてもらう、またトリックや科学設定に深みを持たせてもらう、またすでにある作品をより深く楽しむためにリテラシーを付ける・・・そうしたことを目的にまとめてきていますが、今回は改めて、密室トリックや完全犯罪モノのレトリックを科学的に見ていきたい・・・・決して科学的に茶々を入れているわけでは・・・ないんだからねっ!(唐突なツンデレ)。

●まずは定番トリックを見直してみる

基本的にミステリーは「不可能犯」と「密室犯」です。密室犯も基本的には不可能犯の範疇ですが、こちらだけ、別系統に進化したものなので別物と考えるのが良いでしょう。

「不可能犯」というのは、容疑者のアリバイがしっかりしていることで、明らかに疑わしい容疑者がいる場合に使われることが多い手法で、アリバイ崩しがゴールとなっています。
「密室犯」はそもそも犯人自体が不明な上に、どうやって密室トリックを作ったのかという2段構えの謎解きが必要になるものです。

いずれも本連載第1回で紹介した第1回 異世界と科学でノックスの十戒に逸脱した回答を用意すると、読後感が悪くなります。例えば、犯人は超能力で壁抜けができるとか、犯行現場から時速200kmで走って帰ってこれるとかそういうものです。

一部の密室ミステリーのオチが、「事故、自殺」でしたというものもありますが、せっかくの謎解きのカタルシスが残念な感じになってしまうので、基本的には「犯罪」であることが多いです。

そのミステリーのレトリックに関しては、ミスリードで読者を如何にダイナミックに化かすかが、文法化されていますが、本講は科学の話なので、そちらにはあまり踏み込まないで・・・・というか門外漢が語ったところで浅さがバレるのでこの辺にしておいて、そうしたフィクションを描く上で注意したほうが良い「科学」について話を繋留して進めます。

●不可能犯と監視カメラ

ぶっちゃけ、は現代科学の前において不可能犯のレトリックは実かなり危ういのです。
というのも、科学捜査の技術は年々進歩しており、微少証拠を積み重ね、確実に容疑者を追いかけます。

現代において警察権力に「容疑者」として認定されるということは、犯人からすれば8割方捕まったようなものです。徹底的な科学捜査の前に、完全に証拠を隠滅して犯行(しかも殺人事件のような直接手を下す犯罪)を行うことは極めて難しいからです。

指紋は拭いても復元する方法があり、さらには人間の皮膚上から犯人の指紋を採るなんてことも可能です。また犯行時の衣類や飼育している動物、さらには家の前に映えている特殊な植物の花粉に至るまで、超微小遺留物がガンガン証拠として積み上げられていきます。

ズボンの隙間から犯人が落としていった「陰毛」からDNA一致で逮捕される・・・なんて、まったくミステリー映えしないオチが盛りだくさんです。その当たりは本連載の元となっている前著「アリエナクナイ科学ノ教科書(ソシム)」にて書いたとおりです。

そもそも現代は実はすごい監視社会です。
まず、街を歩けば監視カメラがどこにでもあります。

防犯カメラは公共のものから、コンビニなどの私営のものまで幅広く存在します。公共のものは、高解像度で、繁華街などは年中無休で録画され続けています。これは日本だけでなく、イギリスやアメリカなどの欧米でも概ね同じです。爆弾犯などの足取りが克明にニュースなどで映像が報道されているのは、そうした映像のクリップであるからです。

近年は画像解析の進歩から、歩き方だけで特定の人をかなりの精度で見つけることができるという話もあります。

市街地であれば監視カメラはまだ比較的少ない方ですが、家庭用防犯カメラや車載カメラがあります。

特に車載カメラは防犯のためにも、対物対人保険的な意味でも付けている人が増えており、これもまた立派な監視カメラとなります。

例えば、日本では、通った車のナンバーをすべて記録するという装置が全国の道路に取り付けられています。これはNシステムという一大システムで、ナンバーだけでなく運転者を勝手に撮影していたり、オービスと連携して、追跡車両を連続撮影して本部に送るなんて芸当もできてしまいます。
(オービスとは自動スピード取り締まり装置で、ループコイルやレーダーなど種類は様々だが車の速度を割り出し車のナンバーと運転手を撮影し、自動的に出頭命令がきて罰金が取られるというシステム)。

このNシステムはあらゆる車の動向を拾うことができるので、例えば監視カメラが無い場所での犯罪があったとしても、犯行時間に通りかかった車を全部割り出して、車載カメラがあれば映像提出を犯罪協力として求めることも可能です。車載カメラは一定容量ごとに映像が上書きされて消えていくので、確実とは言えませんが、そういうことも可能ということです。

じゃあもう、実犯行は諦めて匿名性の高いネットで・・・・というのも実はネットも匿名ではありません。現在の匿名と呼ばれているネットワークは割り出しが「極めて煩雑」なシステムなだけで、追いかけることは不可能ではありません。少なくとも家のネットワークや手前のスマホからのアクセスで匿名で犯罪行為をすることは不可能です。

ダークウェブなどで知られるオニオンルーティングは米海軍調査研究所(United States Naval Research Laboratory)の出資で開発された暗号化通信技術で、最近はこれを使った「匿名に近い」ネットワーク利用を前提としたダークウェブなんてものが流行っていますが、煩雑なだけで追えないわけではありません。

なのでそうした犯罪者は、フリーwifiや、家庭用wifiなどのパスワードの弱いネットワークなどを利用して犯罪に使います。それでもパソコン固有のアドレスや、アクセスしているブラウザデータは細かくユーザーを反映していますから、指紋のように残っていきます。そうした証拠と監視カメラの映像を総合して犯人は追い詰められてしまいます。ただのネット接続でさえここまで匿名ではなく、タマネギの薄皮を1枚ずつ剥かれていってしまいます。容疑者としてあげられた時点で、時間をかけた人海戦術で徹底的に証拠を挙げていくという現代の警察捜査手法の前には、個人は極めて無力なのです。

それでも捕まらない犯人がいるのは初動で致命的な証拠を失ってしまった場合や、運否天賦に左右される内容であることが多いと言えます。

本来、ミステリーというのは、アリバイが完璧な相手に対して丹念に謎解きをして、犯人さえ気がつかなかった微細な証拠を確証に変えていくものが謎解き読者、視聴者が一緒に謎解きをして、「気づき」、「そこかぁ~~!」と唸らせるものが目的だと思うので、トリックが複雑化するほどこの面白さは薄れてしまいます。

ただ現代劇にすれば科学捜査を避けることができず、それを現実に即してリアリティを前提で山盛り入れていくことで謎解き要素がもはや視聴者と共有できなくなるという問題が生じます。

故に「不可能犯」で大事なのは、そういった科学捜査を受け付けない孤立した状況、時間制限などを持ち込むことが大切で、携帯電波の入らない山奥や無人島、そういった孤立した世界観で初めて「謎解き」の環境構築が可能です。

●密室トリックの科学トリック

密室トリックも文法化されています。こちらは叙述トリック(文章上の仕掛けでミスリードを誘うこと)でもなく、愛憎劇でも人間ドラマでもなく純然たるトリックなので科学要素が多いのでちょっと見てみましょう。

とはいえ、密室殺人・・・・というだけで、

・糸などで密室を作る
・合鍵があった
・抜け道があった
・犯人なかにいた
・施錠した後施錠状態に戻した
・施錠された外から特殊な手で殺害

ただ密室という状況を面白くする以上、謎解き方法もルーティーンになりがちです。
それ故、奇抜さを出すために特殊な装置や技術をつかったトリックが出現します。

特定の周波数になったら割れる毒ガスアンプルや、部屋の中に毒蛇を入れて襲わせる、部屋を密閉して窒息しさせる・・・・様々なトリックが考えられてきました。

ただこうしたトリックは複雑な装置を使えば使うほど謎解き自体が不可能なものになっていきます。

例えば一端バラバラ死体をナノマシンでつなぎ止めて密室トリックを作ってバラバラ死体に戻してナノマシンはドアの隙間から撤収とか、あらかじめ決めた日に自殺したくなる薬とか、狙撃すると刺し傷に早変わりするライフルとか、ものすごい吸引力で近づく人に襲いかかる首つりロープとかがトリックだったら、それはそれで面白いかもしれませんが、もはやミステリーではないですね(笑)

こんな荒唐無稽なものはともかく、密室トリックの参考になりそうな、毒を使った犯罪が、しかも日本に何例かあります。

まずは死ぬ時間をコントロールする毒を用いたものです。
1986年の沖縄で起きた「トリカブト保険金殺人事件」。

犯行に使われたのは一見、トリカブトの毒なのですが、それだと服用後30分以内に症状が出るはずが2時間近くずれて発動しており、その間に犯人はアリバイを作っていたという本格ミステリーさながらの事件です。

そのトリックは、アコニチンの標的としているナトリウムチャンネルに同様に拮抗的に毒性を示すふぐ毒「テトロドトキシン」で、この2つの猛毒を混ぜると毒性の発動時間を遅らせることができることを、毒の専門家でもない男が、執念で発見し殺害に用いています。

また実際の事故に見せかけた殺人事件もあります。
1973年 山形の「椎茸農園 一酸化炭素中毒保険金殺人事件」

こちらの犯行内容もすごく、普段から椎茸農園ではストーブで暖をとっているので一酸化炭素事故が起こりがちです。事故を装うために、なんと高濃度の一酸化炭素を仕込んだ防毒マスクを作成、保険金をかけた妻に吸わせ殺害するというミステリーも真っ青な事件です。

一酸化炭素は気体で、高濃度のものを手に入れることは難しいので、犯人も試行錯誤しています。

試行錯誤の結果、一酸化炭素は硫酸とシュウ酸から一酸化炭素を作り、副産物を活性炭フィルターで除去し、高濃度化するという極めて独自のノウハウと動物実験によってその効果を実験していたというものです。

この2つの保険金殺人は日本の近代史の中でもとびきりミステリーを地で行く事件といえます。

現実は小説よりも奇なり・・・とは月並みな言葉なのですが、欲深い人間がやることは時として毒物学者でさえ頭をひねるとんでもない黒い発明をしてたりするようです。

 

くられ

*Discovery認定コントリビューター

サイエンスライター、Youtuber、大学講師第など幅広く活躍。「アリエナクナイ科学ノ教科書」(ソシム)日本SF大会主催 49回 星雲賞ノンフィクションを受賞。近著は化学の生化学の入門を楽しいキャラで学べる「毒物ずかん」(化学同人)、アリエナイ理科ノ大事典(三才ブックス)薬理凶室名義 などがある。現在週刊少年ジャンプ連載中の「Dr.STONE」では科学監修を務める。

https://www.cl20.jp/portal/

タイトルイラスト:夢路キリコ http://www.yumejikiriko.com/