落書きによって歴史が変わる?ポンペイから発見された一労働者の落書きから、ヴェスビオ火山噴火の日付が2か月ずれる可能性

年間340万人の訪問者がある南イタリアの遺跡「ポンペイ」。

ヴェスビオ火山によって埋もれた特異な遺跡の在り方が観光客に人気で、イタリア国内ではコロッセオに次ぐ訪問者数を誇る。観光コースとなっているのは、古代のポンペイの町のごく一部にすぎず、遺跡全体の広さは66万平方メートルに及ぶ。というわけで、ポンペイにおける新たな発見や保存状態の問題点は、イタリアでは日常茶飯事になっている。

にもかかわらず、今回の「一労働者の落書き」は関係者を大興奮に巻き込んでいる。その理由は、ヴェスビオ火山の噴火の日付が変わる可能性が出てきたためである。

 

8月24日に壊滅したポンペイの町から発見された秋の風物

Credit : Wikimedia Commons

ヴェスビオ火山についての第一級の史料は、古代ローマ時代の博物学者小プリニウスが歴史家のタキトゥスに充てた書簡である。叔父で養父であった博物学者大プリニウスがこの噴火に巻き込まれて死去したため、小プリニウスの著述は2000年このかたヴェスビオ火山の真実を伝える史料としては欠かせないものとされてきた。

しかし、噴火の日付と気候的な問題には常に疑問が残っていた。

というのも、噴火の日付については手書きで残されたいくつかの書簡で合致が見られず、疑問が残っていたためである。小プリニウスが、「叔父が海水浴に赴いていた」と書いていることから、研究者たちはヴェスビオ火山の噴火は8月と推測し、これが定説となっていた。

しかし、噴火で壊滅状態となったポンペイの町の遺跡からは、ザクロをはじめとする秋の果物や火ばちが発見されるなど、8月24日説には矛盾も指摘されていたのである。ただし、多くの学者たちの研究で、24日(学者によっては23日という説もあり)という数字だけは変わらないとされていた。問題は、何月に起こったのかという点であった。

 

改装中の建物から見つかった一労働者の落書き「11月になる前の17日」付

Credit : Pixabay

そして今回話題になっている落書きが、この矛盾を解決することになった。

くだんの落書きは、レージョ5と呼ばれる区画から発見されている。この区画は、首なしの遺体やラールと呼ばれる守護神に捧げられた美しいフレスコ画が見つかるなど、ここ数か月、新聞紙面を大いに騒がせてきた場所である。

改装中の建物の壁に、労総者の一人が木炭で書いた落書きはその内容はまだ明らかにされていない。明らかになっているのは、短いフレーズの冒頭に「XVI.K.NOV」の日付が残っていたことである。「XVI」は「16」、「K」は古代ローマ時代の暦「カレンダエ」、「NOV」は「11月」。これは当時の暦によると、「11月より16日前」の「10月17日」に相当するという。

だからといって、ヴェスビオ火山の噴火が起きた西暦79年のものとはわからないではないか、と思う方も多いだろう。学者たちがこぞってこれを「西暦79年のもの」としたのは、落書きが木炭で書かれていたためである。木炭で書かれた落書きが、1年以上も壁に残る可能性はほぼ皆無である。そのため、この落書きは噴火が起きるわずか1週間前の「西暦79年10月17日に書かれたもの」とされたわけだ。10月17日に、ポンペイの町で建物の改装が進行し、一労働者が落書きをする余裕があったのである。8月24日に噴火が起きていたわけがないではないか、というのが大騒ぎとなった理由である。

また、ナポリ東洋大学教授でポンペイの遺跡の発掘に参加してきたファブリツィオ・ペサンドは、別の例も挙げている。上記の落書きが見つかったのと同じ区画で、塗装の見積もりのような落書きが発見されたのだが、その作業は数日で終わる小規模なものであったにもかかわらず「11月の終わり」に完成予定と記されているのだそうだ。古代ローマ人は、現代のイタリア人と違い仕事が早かった。11月の下旬に終わる仕事であったのだから、その見積もりはやはり10月ごろに書かれたとされるのが妥当というわけだ。

 

2000年続いたフェイクニュース?

Credit : Wikimedia Commons

しかし、古代ローマ時代における高名な博物学者でエリートであった小プリニウスの著述は、2000年ものあいだ数えきれないほどの研究論文や著作の土台となってきた。

文化財・文化活動省大臣アルベルト・ボニソリは、「非常に苦しい言い訳ではあるが」と断ったうえで、「2000年という時の流れの中で、中世の筆耕者たちの書き間違えがあった可能性も否定できない」としている。

いずれにしても、一落書きによって歴史が動くという可能性に、新聞もテレビも大喜びといったところだ。

 

Sachiko Izawa

*Discovery認定コントリビューター

イタリア在住ライター。執筆分野は、アート、歴史、食文化、サイエンスなどなど。装丁が気に入った本は、とりあえず手に入れないと気持ちが落ち着かない書籍マニア。最近のひとめぼれは、『ルーカ・パチョーリの算数ゲーム』。@cucciola1007