VR技術は究極の共感体験マシーン?コンテンツ次第では共感力を下げることも

技術の発展とともに、バーチャルリアリティー(VR、仮想現実)がどんどん身近になってきている。

アメリカでは過去2年間におよそ1,000万個のVRヘッドセットが販売され家庭での使用が普及したほか、VRに特化した商業施設などで気軽に体験できるようになった。

VR愛好家の多くはVR技術が究極の共感体験を提供できると主張する。小説を読んだり、テレビドラマや映画を観たりして想像力を働かせるよりも、バーチャルな世界で自らが主導権を握りつつ、他人の立場に立って物事を疑似体験したほうがはるかに深い共感が得られるというのだ。

 

VR体験でホームレス問題に共感

VRはどのように人の心を動かすのか――。そのメカニズムや影響力を解き明かすために現在多くの研究が行われているが、スタンフォード大学のコミュニケーション学部に所属するヘレラ氏(Fernanda Herrera)らが導き出した結論がおもしろい。

いわく、VRで得た共感は活字や映像などほかのどんなメディアに比べても持続性が高いというのだ。

 

Credit: L.A. Cicero

ヘレラ氏らの実験では、560人以上の参加者に下記のいずれかの方法でホームレスの人々の生活を「体験」してもらった。

①スタンフォード大学のVirtual Human Interaction Labで作成された7分間のVR体験『Becoming Homeless(ホームレスになって)』を通して、自分がもし職を失ってホームレスになってしまったら…というシナリオに沿って選択型のストーリーを追ってもらった。

たとえば、ひとつのシーンでは立ち退き通告を受けた主人公(=被験者)がなんとか家賃を払うために部屋のものをひとつひとつ選んで売りさばいていく。

また別のシーンでは、ついに借りていた部屋を追い出されて公共バス内に身を寄せた主人公が、そこで自分の持ち物を盗まれないよう必死な攻防を試みる。

こちらはそのVR体験のデモ映像だ。

②『Becoming Homeless(ホームレスになって)』をパソコンの画面上で2次元的に体験してもらった。

③ホームレスの人たちの立場から書かれた文書を読み、他者の気持ちに寄り添う「パースペクティブ・テイキング(視点取得)」を試みてもらった。

④ホームレスの人たちについての情報を提供している文書を読んでもらった。

 

Credit: szfphy / Pixabay

 

VR体験を通じて生き方を変えた人々

結果、4つの方法のうちVR体験をした被験者はホームレスの人にもっとも共感を覚え、しかもその共感は8週間以上も持続するものだった。さらに、実験後にホームレス支援のための署名運動に賛同した割合いがもっとも高かったそうだ。

VR体験を通じて得られた共感には即効性があり、しかも持続性があった。ヘレラ氏によれば、実験終了後も何人かのVR被験者からメールが届き、継続したホームレスへの関心や関わりを物語っていたそうだ。

そのうちのひとりはあるホームレスの人と知り合いになり、その人が住む場所を見つけるまで寄り添ったエピソードを語っていた。ヘレラ氏はこれだけポジティブな変化が現れたことに大きな感動を覚えたという。

 

「共感」とは

他人の立場に立ってその人の気持ちや考え方を理解する能力である「共感」は、人間の社会生活にとって不可欠だと多くの心理学者は考える。人と人との相互理解を深めるだけでなく、より一歩踏み出してボランティア活動をしたり、寄付したり、滅私奉公の精神を培う共感力は社会全体に行き届く潤滑油となるからだ。

今回のスタンフォード大学の実験に携わった研究者のひとり、心理学者のザキ助教授(Jamil Zaki)によれば、共感力は生まれつきではなく経験から備わるものだそうだ。人生経験こそが私たち人間を定義するものであるならば、VR技術が提供する「疑似体験」が単に小説を読んで想像力を働かせて他人に寄り添うよりもずっと大きな影響力を持っていることは明らかだという。

 

Credit: yohoprashant / Pixabay

 

使い方を誤れば「洗脳」も?

逆に、使い方次第ではVR技術を悪用して人の心をあらかじめ意図した方法に操作することも可能になるのではないか。筆者は一抹の不安を覚える。

VR技術はポジティブな共感だけを生むわけではない。実際、過去の実験では被験者に「パースペクティブ・テイキング(視点取得)」を通じて競合相手の立場に寄り添ってもらった結果、競合相手に対してより共感度が低くなったという結果も出ているそうだ。

特に人生経験が未熟な子どもや未成年者がVR技術を使う場合、その疑似体験を通してどのように心の変化が現れるかを注意深く見守っていかないと、共感を生むどころか逆に心的ストレスを与えてしまうことになりかねない。

すべてはコンテンツ次第。自分にとって有益なコンテンツを選び取る判断力も必要とされてくるし、また自分を主張できる自己表現力がより重要なライフスキルになってくることは間違いないだろう。

 

山田 ちとら

*Discovery認定コントリビューター

日英バイリンガルライター。主に自然科学系の記事を執筆するかたわら、幅広いテーマの取材やインタビューにも挑戦中。根っからの植物好き。VR未経験者。 https://chitrayamada.com/