古い本の魅力は、デジタル時代においても色褪せない。色褪せたとしたら、それは紙の白さだろう。
もともと真っ白だったページが、時の経過とともに黄色く変色していく。なぜなのだろうか?
紙もリンゴも酸化する
本のページに使われている紙は、酸素に触れることで黄ばんでいく―― Live Scienceでこう説明しているのは、サウスカロライナ大学教授のリチャードソン教授(化学)だ。
紙は、ご存知のとおり、木の繊維からできている。木の繊維は、その大部分がセルロースと、「リグニン(木質素とも)」と呼ばれるものでできている。リグニンは、いわばセルロース同士を固めて木を堅くする接着剤。3次元網目構造をつくりあげて植物の細胞を木化する、複雑で巨大な生体高分子だ。植物が水の世界から陸へと上がった時、重力にまけない堅さを維持するために発達させたのがリグニンだ。
さて、セルロースは無色透明で、光を反射するので我々の目には白色に見える。リグニンも然り。そのため、新しい文庫本や、教科書や、卒業アルバムや、メモ用紙や、ありとあらゆる新品の紙は、白く見える。

ところが、リグニンは空気に触れると分子の構造が変わる。酸素の分子と化合すると、リグニンのかたちが変わって「発色団」と呼ばれる部分ができる。
この発色団が、紙の変色の原因だ。発色団は特定の光を吸収するため、我々の目には色と認識される。その色は、リグニンの量や酸化の進行度によって、黄色だったり、茶色だったりするそうだ。

紙の変色は、カットしたリンゴの表面が茶色く変色するのと同じ酸化によるもの。リンゴの場合は、空気中の酸素がリンゴの果実の細胞内に入り込んで化合し、茶色く見えるメラニンを作り出す。

紙の劣化を防ぐためには
では、紙が変色しないためにはどうすればいいのだろうか?
空気中の酸素に触れなければ黄ばんだりしないので、真空状態で保存すれば、理論的には真っ白なままの手紙、賞状、日記、大好きだった絵本などが永久に眺められることになる。
酸素以外にも、日光と高湿度は紙の敵だ。たとえ暗所に保管しておいても、紙は黄ばむ。完璧に保存したいならば、日の光があたらないところに安置し、アルゴンなど不活性のガスを充満させた密閉空間に入れるといいそうだ。よっぽどの文化遺産でない限りは、ありえないだろうが。
本の紙の黄ばみをなんとか抑えるために、製紙業者はリグニンを脱色してから使う。ちなみに、段ボール箱などに使われる茶色いタフな紙は、脱色されていないリグニンが強度を保つ役割を担っているそうだ。

それにしても、黄色や茶色に変色した古い本に幸せを感じてしまうのは私だけだろうか?色が変わって、もろくなったページを大切に繰ると、なんとも言えないあの古い本のにおいが立ち込めてうっとりしてしまう。
古い図書館の地下室などで、ぎっしりと本が詰まった書架から書架へと渡り歩くうちに、古い本に詰まった叡智がにおいと共に自分の一部になったような気がする。黄ばんだ本に囲まれて、ついついうれしくなるものだ。
山田 ちとら
*Discovery認定コントリビューター
日英バイリンガルライター。主に自然科学系の記事を執筆するかたわら、幅広いテーマの取材やインタビューにも挑戦中。根っからの植物好きだが、大学ではどうしても有機化学を克服できずに植物学専攻を断念。あきらめきれず、民族植物学を志してネパールへ留学したのがきっかけとなり、文化人類学に鞍替えした。それ以来、文系の道をひた走っている。図書館に住めたら住みたいとも思っている。 https://chitrayamada.com/