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バニラが銀より高価に!「バニラ・クライシス」の実態

クッキーに、カスタードに、ミルクチョコレートに、フランス料理の隠し味に、香水に…そしてもちろんバニラアイスにも。

甘く官能的で、エキゾチックな香りを漂わせる万能スパイス、バニラ。

そのバニラの価格が、この数年急騰し続けている。

5年前は1キロあたり20米ドルだったのが、2018年6月には515ドルまで膨れ上がった。銀の取引価格である469ドル(2018年10月12日現在)をも超える高値をマークしており、「バニラ・クライシス」とまでささやかれる事態になっている。

 

もともと希少価値が高いバニラ

高騰した理由は主に四つある。

甘く芳醇な香りのする上質のバニラビーンズを育て、収穫し、さらに熟成させるまでにはおそろしく手間と時間がかかるため、もともと希少だった。

東京都立神代植物公園内の大温室で見られるバニラのつる。結実はしていない Credit: C. Yamada

バニラ(Vanilla planifolia)は、ラン科バニラ属のつる性植物で、もともと中央アメリカが原産地だ。成長はゆったりで、苗が開花・結実するまで2~4年を要する。

Credit: Everglades National Park via Wikimedia Commons

ラン科に特徴的な美しい花を咲かせるが、なんと一年に一度しか開花しない。原産地の中央アメリカでは、このバニラの花を受粉するために独特の進化を遂げたハリナシバチだけが花粉を運ぶ。

The Economistによれば、バニラは19世紀にフランス人の手によって、当時フランス領だったマダガスカル島とレユニオン島にもたらされた。いずれの島にもハリナシバチは存在しないため、ひとつひとつの花を人工授粉しなければ実らない。

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人工授粉された花は、9カ月という長い時間をかけて緑色の実を結ぶ。しかし、このままではまだ甘く香らない。

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NPRによれば、緑の実を収穫してからさらに熱湯にくぐらせ、ウールのブランケットに包んで休ませ、木箱に入れて発酵させ、一日一時間だけ天日干しにして……、

……と気の遠くなるような手間をかけて数カ月間キュアリングを行い、無事熟成したものだけがバニラビーンズとしてその甘い魅力を発揮するそうだ。

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人工授粉されたバニラの花600輪からおよそ6キロの緑の種子鞘が実り、そこからおよそ1キロのバニラが採れる。

今ではマダガスカルのおよそ8万人のバニラ生産者が、世界のバニラの約80%を生産している。バニラの値段が高騰して、さぞや儲かっていることだろう…と思ってしまうが、その儲けを狙った犯罪もはびこっているようだ。

 

バニラ争奪戦

マダガスカルのバニラ農家は、収穫時期が近づくにつれて不安で眠れない夜が続く。夜の闇に紛れて盗賊があらわれ、収穫間際のバニラの実をごっそりと奪っていく危険にさらされるからだ。

盗難の被害を恐れるあまりに、収穫に満たない未熟な実を自ら摘んでしまう農家もいるほどだという。未熟な実はキュアリングの行程を経ても香りよく熟成しないため、なおさらのことクオリティーの高いバニラの価値が上がり、値段が高騰する。

バニラ泥棒が有罪判決ののち投獄されても、3~4年もすれば自由の身になるという。農家と犯罪者のいたちごっこだ。

 

先進国の自然食思考が追い風

もうひとつ、バニラの値段を高騰させた要因に先進国の食への強いこだわりがあった。

2011年以降、消費者のヘルシー志向が顕著になるにつれ、食品添加物を避ける傾向が強くなってきているそうだ。バニラの香り成分である「バニリン」は、石油から人工的に作り出すことが可能で、安価な代替品として菓子類などの食品に多用されてきた。今、そのバニリンを避け、天然素材を求める消費者の声が強くなってきている。

2015年にはネスレが天然素材のみを主原料に使うことを高らかに宣誓し、ハーシーズもそのあとを続いた。バニリンに頼れない大手メーカーがこぞって天然のバニラを求め、より価値の高いものにした。

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気候変動も無関係ではなかった

さらにバニラの高騰に追い打ちをかけたのが異常気象だ。

2017年の夏にマダガスカル島を襲った双子の台風は、バニラ産業に大打撃を与えた。その後に植え替えられたバニラの苗は、成長して開花するまで少なくとも2年かかるため、2019年からは徐々に生産量が回復する見通しだそうだ。

とはいえ、地球温暖化に伴い、暖かい海水を吸い上げて巨大化する台風が多く発生する傾向は今後も続きそうだ。この先、またいつ狂暴な嵐がマダガスカル島の上を通過するか、誰も予測できない。

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価格の起伏が激しいバニラは、生産者にとって非常にリスクが高い。将来、バニラを安定して供給できるほどの人手をどのように育成していくか、またサプライチェーンの透明性をどのように担保していくか。

甘いバニラの誘惑のその向こうに、生産する側の苦悩が苦々しく影を落としている。

 

山田 ちとら

*Discovery認定コントリビューター

日英バイリンガルライター。主に自然科学系の記事を執筆するかたわら、幅広いテーマの取材やインタビューにも挑戦中。根っからの植物好きだが、大学ではどうしても有機化学を克服できずに植物学専攻を断念。あきらめきれず、民族植物学を志してネパールへ留学したのがきっかけとなり、文化人類学に鞍替えした。それ以来、文系の道をひた走っている。好きなアイスはやっぱりバニラ。 https://chitrayamada.com/

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