【ボーダーを超えていけ】第4回:人はどこまで深く潜れるのか-水深100m「グラン・ブルー」を超えて

  • 「水深100mは光も音も重力もない「宇宙」

フリーダイバーの間で、水深100m付近は「グラン・ブルー」の世界と呼ばれる。素潜り115mのアジア記録保持者であり、日本のフリーダイビングの先駆者・篠宮龍三さんはグラン・ブルーについて「地球上のすべての青を全部凝縮したような、神聖で美しい青。本当は見てはいけない、人間が足を踏み入れてはいけない世界かもしれない。でも一度見ると、もっと深い海のもっと濃いブルーを見たくなる。止まらなくなるんです」と表現する。

プロフリーダイバー/アプネワークス代表 篠宮龍三さん。素潜り115mのアジア記録保持者。

水面から20mぐらいまでは、エビやカニたちの立てるパチパチという音も賑やかな生命と光にあふれるライトブルーの世界だ。フィンでキックし進むうち徐々に光が失われ、聞こえるのは自分の心臓の音だけ。水深約30mを超えると浮力がなくなり、重力に導かれるまま地球の中心に向かって落ちていく「フリーフォール」状態になる。ディープブルーからダークブルー、そしてグラン・ブルーの世界へ。そこは光も音も重力も感じない闇に近い世界。「宇宙だなと感じます」(篠宮さん)

実際は下へ下へと潜っているのに、潜っている本人は頭の方向、つまり進行方向に進んでいくので「実感としては上へ上へ、周囲は暗く、まるで宇宙へのぼっていくような感覚さえ覚えます」と篠宮さん。プロ登山家の竹内洋岳さんが8000m峰の山頂を目指す時、海に潜るような感覚と言われていた(過去記事リンク)のと真逆。非常に興味深いではないか!

フリーダイビングの大会では、あらかじめ申告した目標深度に設置されたタグをとり、水面に持ち帰ることがルールの一つ。「タグが設置されている円盤状のプレートには、ライトが下から当たっていて、まるで宇宙船のように見えます。自分が近寄っていくにつれ、宇宙船も近寄ってくる。宇宙空間でお互いにゆっくりとドッキングするような感じです」。

深い海の底でタグをとってターンする直前、ダイバーは極度の集中状態にある。110m付近では水圧は約12気圧。水圧に抵抗する姿勢をとれば肺が破れてしまう。どういう姿勢でターンすれば体へのダメージが少ないのか。体の感覚にフォーカスし、海と自分を調和させることに集中する。「ゾーン状態に入り、スローモーションのように物事がゆっくり進んで見えるのです」。

2016年、バハマ大会にて。(Photo credit:アプネワークス)
  • 12気圧が体にのしかかるー身体への凄まじい負荷

「偉大なる青」、グラン・ブルーに挑むフリーダイバーたちが経験する体への負荷は凄まじい。肺いっぱいに空気を吸い込んで潜ってから水面に戻るまで約4分。いかに酸素を消費しないで効率的に潜るかがカギとなる。水中で酸素を使い果たせば「ブラックアウト」と呼ばれる失神状態になる。思考したり勝ちたい、怖いという感情に支配されると酸素を無駄に消費してしまう。

フリーダイビングは限られた量の酸素との闘いであるとともに、水圧の変化との闘いでもある。水深100mで身体に受ける水圧は11気圧にも達する。内臓はつぶれあばら骨は浮きあがり、鼓膜に大きな圧力がかかる。耳抜きを適切なタイミングで行わなければ、鼓膜が破れ耳に水が入り、平衡感覚を司る三半規管がダメージを受けめまいを起こす。深海でめまいを起こすと方向感覚を失い、極めて危険だ。

また、深海でのターン時に肺を傷つけて穴があけば、肺に血液があふれ、自分の血液でおぼれる肺水腫になり、命を落とす恐れがある。実際に死亡事故も起きている。このように、深海に向かうのは「死の恐怖との闘い」でもある。

この極限環境にいかに耐えるのか。実は「死の世界」から「生の世界」に生還するたった5分弱の間に、篠宮さんの体には劇的な変化が起きているのである。

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