世界最速の0.02秒で動く!幻の食虫植物「ムジナモ」を求めて埼玉県羽生市へ

日本の天然記念物に指定されるほど希少な食虫植物、ムジナモ(Aldrovanda vesiculosa)。

「ムジナモ」という奇妙な名前は、ふさふさしたムジナ(ニホンアナグマ)のしっぽに似ていることからつけられたという。ちなみに「タヌキモ」というまったく別の種類の食虫植物もあるのだが、こちらはムジナモに比べるとややショボショボとした感じだ。

Credit: Veledan / Wikimedia Commons こちらはタヌキモ

 

ムジナモは池や沼に生育するモウセンゴケ科の水草だが、植物らしくない特徴をいくつか持っている。

ひとつは、そのすばやい動き。わずか0.02秒の速さで葉を開閉し、小さなミジンコなどの獲物を捕らえる。ハエトリグサが葉を閉じる0.5秒をはるかに凌ぐ速さは、おそらく植物のなかでは最速だ。

もうひとつは、根を持たないこと。葉と茎だけで水面下に漂う。

そして、冬には「冬眠」もする。茎全体を縮めて小さな球状になり、沼の底に沈んで暖かい春を待つ。

Credit: C. Yamada / 羽生水郷公園内の宝蔵寺沼を望む

ムジナモは、かつて利根川、信濃川、淀川流域など本州に広く分布していた。しかし、干拓や農薬などの影響でその数は減少し、とうとう埼玉県羽生市の宝蔵寺沼でしか見られなくなった。そして1967年、宝蔵寺沼に自生していたムジナモが嵐によって流されたのを最後に、野生絶滅してしまった。

幸いにも栽培された個体が残っていたため、羽生市では市民が中心となって残されたムジナモを栽培し、宝蔵寺沼へかえす努力が長年続けられている。

そんな希少なムジナモを一目見たくて、羽生水郷公園へと足を運んだ。

Credit: C. Yamada / 羽生水郷公園

県道の三田ヶ谷・礼羽線に沿って、広い湿地帯が広がる。ここが日本中でただひとつだけ残された、ムジナモの自生地だ。

Credit: C. Yamada / 羽生水郷公園 宝蔵寺沼の対岸にムジナモ自生地を望む

自生地でムジナモを見ることはできなかったので、そのまま同じ敷地内にあるさいたま水族館へ。そこで、ついに本物のムジナモを見ることができた。

Credit: C. Yamada / さいたま水族館

もし沼や池でムジナモに遭遇したとしても、素人目にはあまり目立たない植物だ。1890年(明治23年)にムジナモを日本で初めて発見した牧野富太郎氏の観察眼が、いかに冴えていたかが伺える。

茎の長さは10センチほど。節々から車輪のように6~8枚の葉を出すので、英語圏では「waterwheel plant(水車草)」と呼ばれている。

Credit: C. Yamada / さいたま水族館

二枚貝のように向き合った捕虫葉は、わずか5mm程度しかない。羽生市のホームページによれば、ムジナモはこの葉を使ってハエトリグサと同じ「閉じ込み方式」で小さなミジンコなどを捕まえるそうだ。捕虫葉の内側にはハエトリグサのような感覚毛が生えているが、数は40本と多く、1回の刺激で閉じるようにできている。

ミジンコが補虫葉の中に入ると、0.02秒で葉が閉じる。ふっくらと丸みを帯びていた葉は、獲物を捕らえると葉のふちをピッタリ密着させて、どんどんきつく閉まっていく。

ムジナモに詳しい埼玉大学教育学部の金子康子教授によれば、消化液を出してミジンコをまるまる消化するのに、24時間ぐらいかかるそうだ。

羽生市のホームページより

幻の植物は、時に幻の花も咲かせる。ムジナモの開花は7月から8月だが、多くは閉鎖花のまま開かずに終わってしまうことが多いそうだ。咲いても、2時間後にはしぼんでしまう。

なかなか咲かない花なので、結実するのも稀で、さらに実から芽が出ることはもっと稀だという。ところが、今年の8月に羽生市ムジナモ保存会員の奈良明氏がムジナモの種子を取り出して発芽させることに成功したそうだ。東京新聞によれば、保存会で発芽を成功させたのは約十年ぶりの快挙だという。

世界的に希少になっているムジナモだが、羽生市では大切に育てられていることを知った。さいたま水族館では、春から夏にかけてムジナモの育て方教室も実施しているそうだ。この不思議な植物を栽培して、ぜひ未来の世代にも残していきたい。

 

山田 ちとら

*Discovery認定コントリビューター

日英バイリンガルライター。主に自然科学系の記事を執筆するかたわら、幅広いテーマの取材やインタビューにも挑戦中。根っからの植物好きだが、大学ではどうしても有機化学を克服できずに植物学専攻を断念。あきらめきれず、民族植物学を志してネパールへ留学したのがきっかけとなり、文化人類学に鞍替えした。それ以来、文系の道をひた走っている。最近、大事にしていたつもりだったハエトリグサを枯らしてしまった…。 https://chitrayamada.com/