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死の商人とも呼ばれたアルフレッド・ノーベル、その発明

偉大な功績を残した者に与えられる「ノーベル賞」。

毎年秋に発表が行われ、世界中でそのニュースが駆け巡る様子はもはや風物詩だ。そんなノーベル賞は、ダイナマイトの発明者であったスウェーデンのアルフレッド・ノーベルの遺言から始まった。

 

ダイナマイトの発明

アルフレッドの父親であるイヌマエルはストックホルムの橋や建物を手がけてきたエンジニアだった。彼は工事で活用するために中国で発明された黒色火薬に変わる爆破方法を研究していたが、後にロシアで軍相手の軍需事業を始め、武器製造や蒸気機関の設計で成功を収めていく。

1833年、イヌマエルの4男としてアルフレッドは生まれた。彼は、17歳の頃に留学に行ったフランス・パリの化学研究所で、創設者のテオフィル=ジュール・ペルーズとイタリアの化学者アスカニオ・ソブレロが共同で発明した有機化合物「ニトログリセリン」と出会うことになる。

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1863年、スウェーデンに戻ったアルフレッドはニトログリセリンを用いた爆薬の研究に没頭した。だが、1864年、ストックホルムの研究所でニトログリセリンを生成する際に爆発事故が発生し、弟のエミールを含む数人が死亡してしまう。

研究所をメーラレン湖に移し、ニトログリセリンを大量生産することに成功。珪藻土と混合することで安全に取り扱えるようにし、ヒューズを用いた起爆用のキャップも開発した。そして、安全に取り扱えるダイナマイトが生まれたのである。様々な掘削器具とダイナマイトを組み合わせて使用することで、岩石の破壊、トンネル工事などのコストが大幅に削減されていった。

 

兵器としてのダイナマイトとノーベル賞

ダイナマイトは世界中の国へ輸出されるようになり、アルフレッドはビジネスマンとしても成功を収める。だが、同時にダイナマイトは戦争のための兵器として転用されていく。

もともと殺傷力のあるニトログリセリンが材料であるダイナマイトは、戦場でもその威力を発揮した。兵器を開発していた父親を見ていたアルフレッドは、ダイナマイトも兵器として転用されることは予測していたとされる。

1880年代、アメリカではダイナマイトを弾として打ち出す大砲「ダイナマイト砲」を開発。ダイナマイト砲は1890年には巡洋艦や潜水艦にも搭載されるなど、図らずとも戦争に欠かせないものとなっていく。

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1876年、アルフレッドは新聞で秘書を募集し、オーストリア人のベルタ・フォン・ズットナーが採用された。彼女は非常に短い期間でその職を離れたが、アルフレッドとの友人関係は続くことになる。1892年、ベルタは小説『武器を捨てよ!(Die Waffen nieder!)』の著者として平和活動を推し進め、アルフレッドにも大きな影響を与えた。(1905年、ベルタは女性として初めてノーベル平和賞を受賞している)

多くの人を殺した自分の発明によって富を築いたアルフレッドは、1896年12月10日、死去した。その1年ほど前、アルフレッドは「基金を設立し、人類にとって最大の貢献をした人物たちに賞として分配してほしい」という遺言を残した。

そして、ノーベル財団が設立され、現在まで続くノーベル賞が始まったのである。

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