沼地に開く小さな地獄の穴…!虫たちの死体で葉を満たす食虫植物、サラセニア

一見花のような美しいそのたたずまい。垂直にいくつも伸びる筒状のものは、花ではなく、植物のなかでももっとも進化した葉だ。

貴婦人の日傘を思わせる優雅なアーチの根元はひときわ濃い色で強調され、甘い蜜線が香る。ごちそう目当てに飛来する虫たちは、蜜に夢中になっている間に少しずつ、少しずつ筒の内部へと体をずらしていく。

これが巧妙な罠だと気づいた時にはもう手遅れだ。いったん足を滑らせて内部へ落ち込んでしまえば、そこは虫地獄。もう二度と自由の身には戻れない。筒の内部に溜まった雨水に溺れ、その後じわじわとにじみ出てくる酸と酵素により少しずつ、少しずつ溶かされていく。

ハチや甲虫、時にはカエルなどの小動物もまるで勝ち目がない、究極の落とし穴だ。

Credit: David J. Stang / Wikimedia Commons

サラセニア(Sarracenia L.)、別名ヘイシソウ(瓶子草)は、アメリカ大陸原産の多年生の食虫植物。沼や湿地など、養分の乏しい土壌に生えるため、虫を捕食してリン酸などを補うために葉を進化させた。

食虫植物の捕食方法は、おおまかに分けて①閉じこめる、②トリモチなどでくっつける、③養分を吸い取る、④落とし穴に落とす、の4パターンがあるが、サラセニアは明らかに4番目だ。

Credit: Aaron Carlson / Wikimedia Commons

葉の色は様々で、緑、黄、赤みがかったものから斑入りのものまであるが、すべてが葉緑素を含んでおり光合成を行える。特定の葉のみが落とし穴に変化しているウツボカズラとは違って、サラセニアは持っている葉すべてが捕食できるよう適応している。そのため、捕虫能力は非常に高い。

高度に進化したその葉は筒状、もしくはトランペット型で、内側の上部にはウロコのように滑らかな突起が下向きに並んでいる。さらに奥へ落ち込むと、下向きに生えた細かい毛が虫たちを下へと滑らせ、しかもその先端からは消化液が分泌されているという、凝った仕組みになっている。一度足を滑らせて筒の中に落ちてしまった虫は、もがけばもがくほど中に落ちていく。消化された虫の死骸は排出されることなく内部に溜まり、次第に虫の共同墓地と化していくのだ。

Photo by C. Yamada / 東京都立神代植物公園

皮肉なことに、この共同墓地にあえて卵を産みつける強者も…。ハエや蚊のなかには、幼虫期をサラセニアの筒の中で過ごす種がいるそうだ。脱出不可能な落とし穴に自ら入り込んでその食糧を盗み取るとは、なんとも大胆不敵なサバイバルメソッドだ。

Credit: incidencematrix / Wikimedia Commons

ふしぎなことに、サラセニアの花には蜜がない。そのかわり、豊富な花粉を目当てにやってくるハチ類の虫が受粉を手伝っていると考えられている。美しい容姿とはうらはらに、サラセニアの花はネコの尿に例えられるほど強烈な臭い出して受粉してくれる虫を誘い出しているというから、開花する春先には群生地に行かないほうが賢明だ。

Credit: Aaron Carlson / Wikimedia Commons

サラセニアの驚異的な捕虫能力を活かして、フランスでは外来種のハチを駆除するために育てられているとか。一方、原産地であるアメリカでは、開発により湿原が失われつつあり、自然におけるサラセニアの個体数が減ってきているそうだ。

 

山田ちとら

*Discovery認定コントリビューター

日英バイリンガルライター。主に自然科学系の記事を執筆するかたわら、幅広いテーマの取材とインタビューにも挑戦している。大学時代に断崖絶壁に咲く青いケシの花に憧れてネパールへ留学するも、ケシを見つけられないどころかトレッキング中トラブルばかりに見舞われて結局植物学から文化人類学へ転向。人間と自然の相互作用が研究テーマ。https://chitrayamada.com/