Credit : wikimedia commons

十字軍もミケランジェロもその歴史に関係あり?マットレスの変遷

普段、我々が横わたるベッド。そのマットレスの歴史に、十字軍やミケランジェロにまつわる逸話があることをご存じだろうか。

マットレスひとつから、アラブから強い影響を受けた西洋文化の変遷と、ルネサンスの天才の片りんを実感できるのである。

 

南アフリカのシブドゥ洞窟に残る7万7千年前のマットレス

人類がいつ、マットレスを発明したのかは謎である。

しかし、数年前に南アフリカのジブドゥ洞窟で、7万7千前のマットレスが発見された。当時、住居の周辺にあったと思われるスゲやイグサを重ねた、数センチの高さのある「マットレス」である。マットレスの柔らかさを保つために、当時の人々がいくつもの層に植物を重ねていたことがうかがえる。これは、地面の湿気や埃から体を保護することを目的とした人間の知恵から生まれたといわれている。

ジブドゥ洞窟のマットレスには、虫よけ効果があるクスノキの一種「シナクスモドキ」も用いられている。当時の人々がおそらく、マットレスにたかる虫を除けるために使用したと推測されている。

 

アラブの技術が生んだ近代のマットレス、十字軍によって普及

credit:wikimedia commons

我々が今日使用しているマットレスの原型は、アラブ人によって発明された。「マットレス」という言葉自体が、アラブ語の「matrah」を語源としている。「身を投げ出す」「横になる」という意味を持つこの言葉通り、柔らかなクッションに体全体を沈み込ませるイメージが込められていたようだ。

中世の地中海は、海賊となって襲いかかるサラセン人たちの脅威にさらされていた。異教徒のサラセン人たちの文化であったマットレスはその後、皮肉にもエルサレム奪還に燃える十字軍によってヨーロッパの地にもたらされた。1300年頃のことと推測されている。

当時のヨーロッパでは藁を詰めた袋状のベッドが主流であり、異教徒の文化であるウールや動物の毛を詰めたふかふかのマットレスは、上流階級を中心にじわじわとヨーロッパに普及していくのである。

イタリアではその後、「マットレス職人(Materassaio)」なる職業まで誕生する。つまり、マットレスの大量の詰め物を交換する仕事を生業としていた人々のことである。上流階級の人々は、「最低でも1年に1回」は詰め物交換をしていたようだが、ノミや虱にまみれて寝んでいた庶民たちにそんな余裕があったかは定かではない。

 

ミケランジェロが考案したマットレスとは?

credit:wikimedia commons

現代では、彫刻家あるいは画家として知られるミケランジェロは、ルネサンス時代の天才の常で建築や都市計画にも革新的な才を発揮した。

1529年、ミケランジェロは故郷フィレンツェの共和国政府から「要塞建築監督」に任命される。当時のフィレンツェは、メディチ家の復権を大義にスペイン軍から攻撃される運命にあった。

ミケランジェロは、フィレンツェの最も高い場所に位置するサン・ミニアート・アル・モンテの要塞を、敵地に大砲を打ちこむ前哨地点とする。そして、同名の聖堂に付属する鐘楼を敵の攻撃から守るために、羊毛の詰め物で鐘楼全体を包んだのである。この目的は果たられた、と当時の記録は伝えている。

当時のフィレンツェは、ヨーロッパでも有数の羊毛の生産地であったため、鐘楼全体を守るマットレスのための羊毛の調達も可能であったと伝えらえている。

流行に敏感であったフィレンツェ人たちは、このエピソードをもとに100パーセントウールのマットレスを考案、新製品として売り出し、それがヨーロッパ全土に広がったのだとか。

ただし、ミケランジェロを要塞建築監督に命じたフィレンツェの共和国政府は結局、メディチ家に権力を譲る渡す結果に終わっている。歴史のはざまで生まれた、天才のエピソードである。

 

 

RELATED POST