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クロスワードパズルで培われた、旧ドイツ軍の暗号をも解いてしまう驚くべき思考能力とは

9月6日は「ク(9)ロ(6)スワード」の日。

1992年にクロスワード作家・滝沢てるお氏の提案を受けて、『月刊クロスワードハウス』などを発行していた廣済堂出版が制定した。日本では現在15冊以上の専門誌が発行されているほど人気を誇るクロスワードパズルだが、滝沢氏はそのブームの火付け役とされている。

もともとクロスワードパズルを世界で初めて作ったのはイギリス出身のアーサー・ウィン記者で、1913年にアメリカの新聞『ニューヨーク・ワールド』紙に掲載されたのをきっかけに人気を集めた。その後も『ボストン・グローブ』、『ニューヨーク・タイムズ』紙などでクロスワードパズルが次々と発表され、空前の大ブームに。

1920年代には社会的現象にもなり、クロスワードパズルにハマる人たちを揶揄する風刺画も出回り始めた。「一体どれだけのムダな時間がクロスワードパズルに費やされているか」という趣旨の批判を展開した知識人も多かったようだ。

しかし、クロスワードパズルは本当に不毛なのだろうか?

イギリスのThe Telegraphに寄稿したトム・シバ―ス記者によれば、クロスワードパズルは「水平思考」という立派なスキルを培うのに役立つそうだ。

クロスワードパズルを解くには、縦と横のカギをヒントにしながら適切な言葉を連想していき、マス目に当てはまるちょうどいい文字数の候補に絞り込んでいく。答えに到達するまでの一連の思考プロセスは、文字と言葉をリンクさせるだけではない。既成概念にとらわれない柔軟な思考――すなわち水平思考と、たくさんの答えを連想していく拡散思考が必要となってくる。

水平思考と拡散思考の応用力は高い。実際、第二次世界大戦中のイギリスでは、クロスワードパズルの強者たちを集めてドイツ軍屈指の暗号『エニグマ』を解読することに成功し、戦争を有利に進めたのだ。

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1942年1月13日。イギリスの新聞社『デイリー・テレグラフ』が前代未聞のコンテストを主催した。

きっかけは『デイリー・テレグラフ』に寄せられた苦情だった。掲載しているクロスワードパズルが簡単すぎて、数分で解けてしまう。そのようなクレームが一度でなく、何度も寄せられていた。そんなはずはない、と新聞は反論したかった。そこで、100ポンドの賞金をかけてクロスワードパズルコンテストを催し、真っ向から読者との勝負に挑んだのだ。

結果、12分のタイムリミット内にクロスワードパズルを解いた強者5人が勝利した(そのうち一人はスペルミスが発覚して失格となった)。新聞はコンテストの翌日にまったく同じクロスワードパズルを掲載し、決して簡単なパズルではなかったことが一目瞭然となった。

これを見逃さなかったのがイギリスの陸軍省だった。クロスワードパズルを解いた勝者たちを優秀な人材と見込んだ陸軍省は、さっそく彼らを暗号解読の仕事にリクルートした。そして、結果的にはドイツの暗号を読み解いて、戦争に勝利したのだ。

おそらく自身も熱烈なクロスワードパズルファンであるシバ―ス記者によれば、卓越したクロスワードパズル上級者は、鋭い洞察力で出題者の心理をも探ることができるようになるそうだ。言葉の連想から明らかになる、出題者の心の中の思考や、感情や、大切な人や場所の名前。

逆に、クロスワードパズルを作る者は、規定のルールを守ったうえで解く者をいかに欺くかに長けている。その両者のせめぎ合いがあってこそ、やりがいがあるクロスワードパズルになる。そういう意味では、クロスワードパズルは出題する者と、解く者との間の心理的バトルと言えるそうだ。

多くのパズルがコンピューターを使って量産される時代。だがクロスワードパズルだけは、これからも人間が人間のために作り続けるだろう。

 

山田ちとら

*Discovery認定コントリビューター

日英バイリンガルライター。主に自然科学系の記事を執筆するかたわら、幅広いテーマの取材とインタビューにも挑戦している。大学時代に断崖絶壁に咲く青いケシの花に憧れてネパールへ留学するも、ケシを見つけられないどころかトレッキング中トラブルばかりに見舞われて結局植物学から文化人類学へ転向。人間と自然の相互作用が研究テーマ。https://chitrayamada.com/

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