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名作ゆえに起こる悲劇!?リスクある世界の旅をやめられない美術品の宿命

世界各地で開催される美術の展覧会。

その目玉としてポスターにも登場する傑作の数々は、観客動員数を左右するカギといわれている。

しかし、長距離の移動を余儀なくされる各地の展覧会への出展は、美術品にとっては大きな負担となることはまちがいない。

 

一教授が発見したベルニーニの傑作の欠損

2018年5月、教え子たちをローマにのサンタ・ビビアーナ教会に連れて行った大学の一教授がが、ベルニーニの作品の異変に気がついた。壁龕に置かれている彫刻の聖ビビアーナの右の薬指が、欠けている。

同作品は、聖ビビアーナの名を冠した教会のために、バロックの天才ジャン・ロレンツォ・ベルニーニによって製作された1625年頃のことである。2017年11月から2018年2月まで、ローマのボルゲーゼ美術館に貸し出されており、その折の移動で右手の薬指が欠損したと推測された。

問題は、同作品の所有者である教会の聖職者も、美術展のために作品を預かっていたボルゲーゼ美術館も、またイタリアの文化財・文化活動省内の何者も、この事実を把握していなかったということである。

もし、学生たちを引率して教授が同教会を訪れなかったら、聖ビビアーナの指の欠損は記録にも残らず、場合によっては内密に修復され、破損の事実は永遠に葬り去られた可能性もある。いずれにしても、ベルニーニの傑作は、オリジナルの形を失った。

こうした著名な美術品の数々は、借り受ける側が「修復」という名の出資をして持ち出すことが非常に多い。ベルニーニの聖ビビアーナ像は、修復への出資を条件に教会からボルゲーゼ美術館に貸し出された。しかし、この作品は18年前に修復を終えたばかりであり、今回の「修復」はまったく必要がなかったというのが美術史家トマーゾ・モンタナーリの意見である。

 

ムッソリーニが英国に送り出した美術品の数々

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美術史の歴史に残る高名な批評家ロベルト・ロンギは、1958年に北イタリアのある都市が所有するミニアチュールの貸出を拒否したことに対し、「世界に一つしか存在しない美術品の移動を拒否した意味は大きい」とその行動を称賛した。

当時、古代ローマをテーマにした展覧会が世界中で大ブームであった。ロンギは、美術の展覧会が人々に与える影響や刺激を肯定しながらも、無意味にローマ時代の遺物を移動させることは美術品を傷つけると警告している。

ちなみに、美術品の大移動で名を残しているのは、ファシズム時代の独裁者ベニート・ムッソリーニである。ムッソリーニは、1930年に英国に向けて500箱の美術品を貸し出した。ドナテッロの『ダヴィデ』、ボッティチェッリの『ビーナスの誕生』、ピエロ・デッラ・フランチェスカの『ウルビーノ公爵の肖像』、ジョルジオーネの『テンペスタ』などなど、美術の教科書に載る傑作が、まとめて英国に貸し出されたのである。イタリア民族の栄光を、大英帝国の人々に誇るのが目的であった。

こうした作品が現在、無事にイタリアにっていることは奇跡というべきかもしれない。

 

カラヴァッジョもカノーバも、移動の犠牲に

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カラヴァッジョの傑作のひとつ『ロレートの聖母』も、この作品を所有するローマのサンタゴスティーノ教会が、建物の修復費を確保するためにしじゅう貸し出されていることで知られている。

2006年に開催されたミラノの展覧会において、ある鑑賞者がボールペンで『ロレートの聖母』に落書きをするという事件が発生。2008年には、同じくカラヴァッジョの『サウロの改心』が床に落下、キャンバスの素材が脆弱であったという不運も重なり、絵の具が剥落している。

彫刻家アントニオ・カノーヴァの作品も、移動の犠牲となり永遠に失われてしまった。2013年、カノーヴァの『プリアモスの殺害』が、ペルージャのアッカデミア・ディ・ベッレ・アルテから、わずか30キロ足らずの距離にあるアッシジに貸し出されることになった。壁から作品を外す作業中、美しいレリーフは落下、文字通り粉々になってしまう。かけられていた保険金70万ユーロがおりたものの、世紀の傑作を元通りにすることはかなわなかった。

 

また、2011年にミラノのブレラ美術館からフロリダの美術展に出展されたある作品は、FBIに撤収され、その後競売にかけられるという謎の事件も起きている。

 

口をつぐむ修復者たち

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美術品が移動中にこうむる被害は、実はその実態が明らかになっていない。ひとつには、美術館と契約した修復者が、その事実を明らかにしたがらないというのも理由だという。

数々の美術品を抱えるイタリアは、その修復費と維持費の捻出に頭を抱えているといわれるが、美術品の移動には大きな金額が動く。それによって、名作傑作が被害を受けるという矛盾は今後大いに考慮されるべき事案である。

 

Sachiko Izawa

*Discovery認定コントリビューター

イタリア在住ライター。執筆分野は、アート、歴史、食文化、サイエンスなどなど。装丁が気に入った本は、とりあえず手に入れないと気持ちが落ち着かない書籍マニア。最近のひとめぼれは、『ルーカ・パチョーリの算数ゲーム』。@cucciola1007

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