ブロンドパワーの歴史…古代から存在していた金髪信奉

ブリティッシュコロンビア大学の研究によれば、生まれながらの金髪を持つ人は地球の全人口のわずか2パーセントといわれている。

西洋では、魅力的な外観の一条件ともなっている「金髪」。遺伝子によってもたらされるこの幸運は、実はその人の人生に大きな影響を与えることが大学の研究で明らかになっている。

 

人生の成功率が高い「金髪」

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2016年の同大学の研究によれば、アメリカの女性上院議員の38パーセント、調査の対象となった500人の女性CEOの48パーセントが金髪であった。そして、金髪の女性はそうでない女性と比べると、平均収入が7%高いことも明らかになっている。

ちなみに、マリリン・モンローが演じた『紳士は金髪がお好き』の影響で、金髪女性の知性は高くないというイメージが生まれた時代もあったが、大学はこれも研究によって否定。1万1千人の女性を対象にしたテストでは、金髪もその他の色の髪の女性も平均的な理解力には差がなかった。

 

美男の神も英雄も知性の女神も、金髪!

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そもそも、金髪が特権を得る事象はいつから始まったのだろうか。

漫画『王家の紋章』の金髪の主人公が神のように崇められたエジプトはともかく、古代ギリシアには金髪の男女の存在が認められている。美男で有名な音楽の神アポロン、ローマではアウロラと呼ばれた知性の光を有するエオス、ホメロスの叙事詩『オデュッセイア』の主人公オデュッセウス、ミノタウロスを退治した英雄テセウス。彼らはみな、金髪であったと伝えられている。

哲学者プラトンも、「金髪」は神の好意の象徴だと述べている。天からの光を想起させる金髪は、希少性もあって古代から特別扱いであったのだ

 

ガリアからの囚人が金髪ブームの火付け役、古代ローマ

崇高なイメージの金髪が、一気に世俗的になったのが古代ローマ時代である。

紀元前52年、ジュリアス・シーザーは征服したガリアからの囚人たちをローマに連れてきた。この中には、北方の金髪の女性もふくまれていた。これを見たブルネットのローマ女性たちは、ガリアの金髪をまねようと躍起になった。

獣脂やブナの木の灰を原料にした「毛染め」をガリアから取り寄せて、金髪を実践した。これが効かない女性たちは、金髪の鬘をこぞって買い求めたのである。

当時の詩人、オウィディウスは著作『恋の技巧』の中で、女性たちがフォロの神々の前で金髪の鬘を購入するのは見苦しいかぎりだと苦言を呈している。

気が強いことで有名であったローマの女性たちは、詩人の苦言などどこ吹く風であったであろうが。

 

キリスト教の時代の金髪 イメージが二極化する

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中世の作家たち、ダンテやペトラルカが描写した「理想的な女性」の条件は「真珠色の肌」「バラ色の頬」「金色の髪」「生き生きとした瞳」であった。「天使のような女性」が理想的とされたこの時代、金髪は太陽の光を映したと解釈されていた。

ヴェネツィアでは、髪の毛だけを日に当てる帽子が流行し「ヴェネツィア金髪」と呼ばれる独特の風俗が確立している。ティツィアーノをはじめとするヴェネツィア派の画家たちが描いた豊満な女性たちに、その姿を見ることができる。

「平和」や「不屈」「純潔」といった美徳のアレゴリーにも金髪女性は数多く登場する一方、七つの大罪のひとつであった「色欲」の寓意にも金髪女性は描かれることがある。

天使のように可憐であった金髪女性も、長じては男性たちの心を惑わす妖婦となるケースも多かったのであろう。

 

Sachiko Izawa

*Discovery認定コントリビューター

イタリア在住ライター。執筆分野は、アート、歴史、食文化、サイエンスなどなど。装丁が気に入った本は、とりあえず手に入れないと気持ちが落ち着かない書籍マニア。最近のひとめぼれは、『ルーカ・パチョーリの算数ゲーム』。@cucciola1007