悲しいことだが、人間の都合で殺されてしまう動物たちがいる。
一方で、癒えることのない苦しみから解放するため、衰弱や難病によって育て続けることが難しいため、または著しい攻撃性や感染症を持っている場合に安楽死させることがある。
しかしもう一方で、動物にはなんの落ち度もないのに、飼い主の事情により飼えなくなり、新しい飼い主も見つからず、行政機関でも飼い続けることができない場合に、殺処分に至ることもあるそうだ。
動物福祉のために行う安楽死、収容後の死亡、そして本来なら必要ないはずの殺処分。これらを総して「致死処分」という。
東京都で平成28年度に致死処分された動物は、犬と猫を合わせて597頭だった。
この厳しい現状に行政の立場から向き合い、人間と動物が共生できる社会を目指している東京都動物愛護相談センターの活動を知るために、多摩支所の説明会に参加してきた。

迷える命
そもそも、犬や猫が致死処分されざるを得ない場合とは、どんな状況なのだろうか。
飼い主が犬や猫を逃がしてしまった場合でも、マイクロチップをあらかじめつけていたり、首輪などに飼い主の身元がわかる情報を記載してさえいれば、ペットの速やかな返還が期待できる。
しかし、迷子になって身元もわからず、自力で家にたどり着けないペットは、誰かに保護されるか、警察に通報された後に捕獲されるか、最悪事故に遭ってしまってから負傷動物として動物愛護相談センターに収容されることになる。

東京都動物愛護相談センターの本所(世田谷区)、多摩支所(日野市)、城南島出張所(大田区)、島しょ保健所管轄のいずれかに収容された動物たちは、獣医師の資格を持った専門スタッフの保護を受けながら、7日間迎えを待つ。
飼い主が判明した犬の98%は7日間以内に動物愛護相談センターに連絡があったそうだ。しかし、残りの2%は?
元飼い主と連絡がつかず、センターに取り残されたペットたちは、譲渡会を通じてめでたく新しい飼い主の元に落ち着く場合もある。しかし、飼い主を待っている間に老衰や病気のために命を落とす動物もいる。そして中には、手に負えないほど狂暴だったり、不治の病に苦しんでいたりする動物が動物福祉の観点から致死処分されるケースもあるそうだ。
捨てられる命
残念ながら、飼い主自らが動物愛護相談センターを訪れ、殺処分を要求するケースもあるという。
そのような要求は基本的に実行されない。かわりに、まず動物愛護相談センターの職員が事情の聞き取りから始め、殺処分以外の解決方法を一緒に探っていく。飼い続けられなくなる理由は様々だが、飼い主が死亡した場合、または飼い主が病気や怪我などにより飼育の継続が困難になった場合を含み、6割は飼い主の健康問題に関わっている。
ほかにも、経済的な理由や、本来ペットを飼ってはいけない住居での飼育、なかには「こんなに大きくなると思わなかったので…」など、飼い主側の無責任な言い分もあるそうだ。
咬みグセ等の動物の問題行動に起因しているケースは、たったの3%。ほとんどの場合、動物の処分を望む人間側の問題だ。

致死処分の現状
東京都における致死処分理由(平成28年度)を見ると、収容して預かっている間に死亡してしまった動物が297頭、動物福祉等の観点から安楽死させた動物が206頭。
致命的な病気でもなく、老衰しているわけでもないが、引き取り先が見つからずにやむを得ず殺処分に至った動物は94頭だった。
全体的に見ると597頭だったが、じつは、この数字は約40年前に比べると大幅に削減されている。

致死処分ゼロに向けての取り組み
ピークとされる1983年(昭和58年)には、年間56,427頭の動物が致死処分された。今の100倍だ。単純に計算しても、ひと月4,166頭、一日約138頭もの動物が東京都内で致死処分されたことになる。それだけ多くの動物の命を絶たなければならなかった職員の心境を思うと、今でこそガランとしている収容施設を見学しながら胸が痛んだ。
多くの犠牲の上に成り立っている東京都動物愛護相談センターだからこそ、致死処分削減に向けて様々な取り組みを行っている。
命を受け継いでくれる新しい飼い主を探す譲渡制度に力を入れており、講習会や飼い主の指導を行っている。「充分な知識がないまま飼う→捨てる」の負の連鎖が二度と起きないように、新しい飼い主のハードルを高くして、確実に動物の世話を請け負ってくれる貰い手のみに譲渡している。

民間との連携
また、認定登録された動物愛護団体(2018年8月現在では48団体)との連携を密にして、より幅広い層から新しい飼い主を探しているほか、飼育の負担、不妊去勢費用の負担などを分散させている。団体によっては猫専門だったり、特定の犬種を得意としているので、飼い主になりたい人にとってより確実な譲渡への道筋となる。
動物愛護団体の力も大きいが、民間のボランティア活動も活発だそうだ。たとえば、無秩序な多頭飼育が崩壊した結果、放置された犬たちが動物愛護相談センターに保護されたとする。洋犬の多くは毛が長く、定期的なトリミングを必要とするため、ないがしろにされていた犬たちは毛が伸び放題で不健康な状態に置かれているものも多い。
それらの犬たちのもつれた長い毛をシャンプーし、トリミングしてくれるボランティアの人たちがいる。そして、たとえば犬たちがしっかりと躾をされていなかった場合は、未来の飼い主との生活に適応できるよう、ドッグトレーナーの資格を持ったボランティアからの助言をいただくこともある。
一匹でも多くの動物がその命をまっとうできるように、多くの人が努力している。
致死処分ゼロに向けて
東京都は、2016年に策定した「2020年に向けた実行プラン」の目標のひとつに、動物の殺処分ゼロを掲げている。
東京都動物愛護相談センター、動物保護団体、そして民間のボランティア活動が一体となってこれまで取り組んできた実績は大きい。それに加えて、殺処分ゼロのゴールに到達するために必要なのは、動物と接するひとりひとりの市民の心掛けだ。
犬を一匹飼うのに、生涯で約300万円の経費がかかるという。犬の最高齢が20年だとしたら、飼い始めて20年後の自分の健康状態や経済状況をあらかじめ見越しておかなければ、責任を持って最後まで飼い主としての役目を果たせない。
殺処分ゼロは、無責任飼い主ゼロに等しいのではないか。
「かわいい!」とつい衝動的に動物を飼い始める前に、考えておくべきことは山積している。
山田ちとら
*Discovery認定コントリビューター
日英バイリンガルライター。主に自然科学系の記事を執筆するかたわら、幅広いテーマの取材とインタビューにも挑戦している。大学時代に断崖絶壁に咲く青いケシの花に憧れてネパールへ留学するも、ケシを見つけられないどころかトレッキング中トラブルばかりに見舞われて結局植物学から文化人類学へ転向。人間と自然の相互作用が研究テーマ。https://chitrayamada.com/