【ボーダーを超えていけ】第3回:目の見えない人がナビゲートする美術鑑賞

宇宙人から見たら、地球人も障害者?

新刊「みえるとかみえないとか」を手に。吃音を身体論として扱う「どもる体」も話題。最近は手と足の多様性をめぐる研究も行っている。

そんな問いで始まるのが「目の見えない人は世界を見ているか」をきっかけに生まれた絵本「みえるとかみえないとか」(ヨシタケシンスケ・伊藤亜紗著)だ。

宇宙飛行士である「ぼく」がある星に到着し、前にも後ろ向きにも目がある宇宙人に出会う。「うしろがみえないの?」「ふべじゃない?かわいそう」と可哀そうな存在に。ぼくがちょっと歩くと「すごーい!ちゃんとあるいている!」と驚かれ、「みんな よけてあげてー!」と宇宙人から過剰な気を使われる始末。

目の見えない人を扱う絵本に宇宙人を登場させるアイデアは、絵本作家のヨシタケシンスケさんから相談を受けつつ制作を進める中で出てきたそう。「子供たちに先入観のない状態で読めるようにしたいのに、視覚障害者を最初に出すと、いきなり『可哀そう』という話になってしまう。障害者と健常者はサポートする・してもらうという関係で固定されることが一番よくない。健常者と思っていた人が障害者になる、つまり自分にとっての当たり前が当たり前じゃなくなる感覚がすごい大事なのです」(伊藤さん)

 

思い通りにならない体とポジティブに生きるには

この本では宇宙人と地球人という、一見かけ離れた生き物を扱っているけれど、読み進めるうちに地球人同士だって、ちょっとずつ違っていて全く同じ人は存在しないことに気付く。見えない人、聞こえない人、背の高い人、低い人、その人なりの世界のとらえ方や感じ方、工夫がある。「共通点を探しながら、違うことをお互いに面白がればいい」というのが最大のメッセージだ。

日本は高齢化社会に突入している。年をとれば、目がだんだん見えなくなり、足腰が立たなくなるなど、何かしらの障害を抱えて生きていくことになる。

「体のことを研究していると、体は基本的に思い通りにならない要素があると感じます。病気になったり、年をとったりすれば若い頃できたことができなくなってくる。たまたま手にしたこの体と共に生きていくしかない。思い通りにならなさをどう受け止めればポジティブに生きられるか。残念さも受け止めつつユーモアを大切に、楽しさや価値と結びつけばいいと思っています」(伊藤さん)

楽しさや価値の一つが冒頭に紹介した美術鑑賞。さらに伊藤さんによれば、障害のある方と伴走するランニングサークルも、とても人気があるそうだ。見える人が伴走してあげるのではなく、一人で走る時には経験できない独特の一体感がある新しい種目なのだと。伊藤さんは「アートのソーシャル・ビューのように、見えない人の新しいスポーツ観戦の仕方を作りたい」という。楽しみだ。

思い通りにならない体とどうつきあい、新しい価値を作っていくか。誰もが他人事でないテーマだけれど、当たり前に付き合ってきた自分の体を見直し、世界の別の顔を発見するヒントがいっぱい隠されているのかもしれません。

林公代

*Discovery認定コントリビューター

宇宙・天文分野を中心に取材・執筆するライター。(財)日本宇宙少年団情報誌編集長を経てフリーランスに。世界中でロケット打ち上げや、天文台を取材。著書に「宇宙においでよ!」(野口聡一宇宙飛行士と共著)、「宇宙へ『出張』してきます」(古川聡宇宙飛行士らと共著)「宇宙就職案内」など。この連載では柔軟な発想・手段でボーダーを超える人々、極限に挑戦する人々を追いかけていきたい。https://gravity-zero.jimdo.com/

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