【ボーダーを超えていけ】第3回:目の見えない人がナビゲートする美術鑑賞

目に頼るあまり「世界の別の顔」を見逃している?

電車に乗っている時も、食事中も、スマホから目が離せない。「スマホはそもそも聴覚の道具なのに、視覚の道具になってしまった。見ることは欲望に結びつくことがしばしばあって、見えると欲しくなる。溺れやすいのです」。東京工業大学准教授でベストセラー「目の見えない人は世界をどう見ているか」著者の伊藤亜紗さんはそう語る。

同書によると、人が得る情報の8割から9割は視覚に由来すると言われている。しかし、伊藤さんは「本当は、耳でとらえた世界、手でとらえた世界があっていいはず」、「目に頼るあまり、そうした『世界の別の顔』を見逃している」と問題提起する。目に依存しすぎるあまり別の世界を見逃しているとしたら、なんと勿体ない!

でも、そもそも目の見えない人は、世界をどう認識しているのだろう。と思っていたら目の見えない方と美術作品を鑑賞するワークショップが同書に紹介されていた。面白そう!とさっそく、東京都写真美術館(TOP)で行われた「視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップ」に参加した。

 

見えない人がいることで「たがが外れる」写真鑑賞

東京都写真美術館「TOPコレクション たのしむ、まなぶ イントゥ・ザ・ピクチャーズ」展での「視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップ」活動の様子(撮影:石原新一郎)

6月3日、ワークショップに参加したのは視覚に障害を持つ方(みえない人)2人と一般参加者7名。みえないお2人はナビゲーターとしての役割を担う。作品鑑賞前に、ワークショップ主催者から晴眼者(見える人)に「見えることと見えないことを言葉にして下さい」と説明があった。見えることとは色や形、大きさなど客観的情報、見えないこととは作品を見て感じた印象、想い出など主観的なこと。作品をうまく説明できるだろうか、と一抹の不安を抱く。

3つの作品を約30分ずつ見て自由に語り合う。盛り上がったのは2点目。モノクロの写真で部屋の奥に大きなXmasツリーがおかれ、ツリー下には同じ大きさで綺麗な包装紙に包まれたプレゼントが多数置かれている。手前には大きな空間が広がるが誰もいない。「Xmasの準備をしたのに誰もお客さんが来なくて寂しそう」「これからパーティを開く前のにぎやかな感じ」と解釈が真っ二つに分かれ、それぞれがXmasの想い出を語り始めた。

通常は静かに鑑賞するのがよしとされる美術館で、初対面の人たちと個人的経験まで語り合うこと自体が新鮮だ。ナビゲーター役の見えない方が「何時ごろの写真ですか?」「どの角度から撮られてますか?」など意識していなかったことを突っ込んで下さり、作品の見方が深まっていく実感がある。最初の不安はどこへやら、写真鑑賞ってこんなに面白かったっけ?

視覚障害者の方に「どんなふうに作品を解釈していくのですか?」と聞くと「説明を聞きながら、どんどんイメージを上書きしていきます。Xmasツリーの写真は、皆さんが説明に困っている様子から装った感じや違和感を感じ、自分なりに『寂しげ』と解釈しました」。

東京都写真美術館では、視覚障害者と晴眼者の美術鑑賞だけでなく、一般を対象とした鑑賞ワークショップも開いている。しかし「見えない人がいると参加者のたがが外れ、より議論が活発化する」と学芸員さんは言う。たがが外れるってどういうことだろう?その意味を掘り下げたくて東工大に伊藤亜紗准教授を訪ねた。

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