【ボーダーを超えていけ】第2回:8000m峰を生き抜く身体-プロ登山家に見る生命進化

「8000m峰山頂は草も生えていないし生き物もいない。つまり生命感のない世界です。そこにむき身の人間がいるということが、とても不自然に感じる」。

竹内さんは山頂で「敵意」を感じるという。「『自然を大切に』とよく言われますが、自然はそんな生易しい物じゃない。実際に多くの先輩たちが山で命を落とし、その死に様を私たちに見せてきました。隙を見せたり手抜きをしたりしたら即、殺しにくる恐ろしい存在。美しい景色を見せてくれる瞬間もありますが、敵意をむき出しにしている」

13座目となるチョー・オユー山頂で。この後、下山時に竹内さんは道を見失い、7900m付近でビバーク。危機的な状況に陥った。(写真提供:14Project プロモーション事務局 /
Provide photos: 14 Project promotion office)

だからプロ登山家は全身の感覚を研ぎ澄まし、敵の弱点を見いだしていく。「常に変化している岩や雪の斜面を見て、いかに安全で効率的なラインを選び取って攻略するか。危険の中に生き延びるか。そのせめぎ合いが超高所登山の最大の面白さです」(竹内さん)
 

どんな死に方をするかを想像できれば、死なない方法を見出せる

 
竹内さんは登山を「想像のスポーツ」という。「どんな死に方をするか想像できれば、死なない方法を見いだせる」と。しかし想像力が及ばず、生死の淵に立たされたことがあった。

2007年7月18日。標高8035mのガッシャブルムⅡ登山中、竹内さんは山の斜面が変わるほどの大規模な雪崩に巻き込まれ、標高差約300mにもわたって滑落した。

だが、空中に放り出されながら竹内さんは冷静だった「自分が重力に対して、どっちを向いているか感じ取ろうとしていました。落ちた時に斜面に向かって正対していないと、さらに落ちる可能性があるからです」しかし、なかなか止まらない。「時間と加速度から自分がどこにいるか頭の中で高速処理していくと、斜面で止まれる場所は全部通り過ぎてしまった。すごく冷静に『あーあ』とがっかりしました。家族や当時飼っていた犬のことを思い出した後に、凄まじい怒りがわき起こってきたのです」

雪崩の予兆を見抜けたなかった自分に対する、凄まじい怒り。「自分がいる斜面が丸ごと動いた。電車の中にいるのと同じで、周りも一緒に動くから見抜くのは難しかった。それでも雪があれば雪崩が起きるわけで、想像力が足りなかった。今でも思い出すと腹が立ちます」

一緒に登っていた4人のうち一人は亡くなり一人は行方不明になるほどの大事故。竹内さんは背骨の一つを破裂骨折、肋骨5本を骨折、片肺が潰れ、一時は「明日までもたない。家族にメッセージを」とまで伝えられた。死の淵から多くの人の助けを得て生還した。

「破裂骨折した場所がよかったために麻痺も残らなかった。背中に7つの穴をあけてシャフト2本をボトルシップのように身体の中でくみ上げ、5本のボルトで固定しました」。大手術にも関わらず術後二日後には立ち上がり、竹内さんは同じ山に降り直しに行くと決めた。「降りてきて完結する私の登山では、自分の足で降りないことは許されなかったのです」

2007年の滑落事故後、竹内さんの身体の中に手術で組み上げられたチタン製シャフト(Credit: Discovery Communications)

生死の境をさまよう大事故を経験して、恐怖は感じなかったのだろうか?「あの経験で私の雪崩に対する恐怖心は確かに増しました。でも恐怖心は打ち消したり乗り越えたりするものでなく、危険を見抜くためのものです。つまり雪崩に対するセンサーの精度が上がり、雪崩を避けられるようになったのです」

翌年、竹内さんはガッシャブルムⅡの登頂に成功。それだけでなく隣のブロードピーク(標高8051ⅿ)との連続登頂を達成した。「事故前から、次に登る山を見つけるために山登りをしていました。そういう『登山の連鎖』の中に自分を引き戻したかった」

竹内さんはマッチョな登山家のイメージとは程遠く、余分な筋肉も脂肪もないスリムな体つきをしている。どこに連続高所登山を成し遂げる身体能力が備わっているのか。竹内さんは、登山の連鎖を繰り返す中で自分の身体に起こった意外な変化を明かして下さった。
 

人間はどこまで高く登れるのかー進化していく身体

 
「私の主治医である東京医科歯科大学の柳下和慶先生が、ある時、8000m峰の連続登頂をする私は特別な身体をしているのではないかと思って、心臓や肺などを徹底的に調べたのです。でもどこも特別なところはなく普通。むしろ肺活量はちょっと低いぐらいでした。先生はがっかりされてましたね」。竹内さんは愉快気に笑う。

Credit: Discovery Communications

「でも一つだけ面白いデータがあります。8000m峰登山から帰ってきたときの血液検査ではいつもヘモグロビンが増えます。人間の身体の防御反応として、低酸素に曝露されると、酸素の運搬量を増やすためにヘモグロビンが増えるんです」。通常、その数値は徐々に下がり、平常値に戻る。「ところが次の登山の計画を立てて、準備を始めると、平地にいるにも関わらず、私のヘモグロビンの量が増え始めるのです」。

本来は、登山など低酸素の環境に曝露されないと増えないヘモグロビンが、日本出発時に既に高くなっている。一緒に検査を受けた同行パートナーのヘモグロビン量は増えないのに。「私の身体が『また行く気だな』と察知し、防護作用としてヘモグロビンを増やし始めるのではないか。私は若干高度順応が早いと言われますが、それが原因かもしれません」

「おそらく私の身体は低酸素のストレスに何回も晒されたことで、低酸素環境に適応するように進化している可能性がある。まぁ自転車と同じで、乗るまでは大変だけど、一度乗ると何年も乗らなくても乗れるのと同じだと思いますけどね」(竹内さん)

Credit: Discovery Communications
1960年、ヒマラヤ登山史上初めてダウラギリ登山の荷揚げに使われた飛行機イエティ号の残骸。中学生の時に写真で見て、いつか行方不明の機体を探したいと思っていた。ダウラギリ登頂後に発見、持ち帰った。「登頂より嬉しかったかも」(竹内さん) (Credit: Discovery Communications)

生命の生存戦略―眠っていた能力が呼び起こされる

 
それは長大な時間軸で考えれば「生命の生存戦略だ」と竹内さんは考える。「生存戦略として色々な変異性をもった人間を作り出しているのでは。私は高所に適した種。今後、地球が低酸素・低圧になった時に私の遺伝子をもった人間が生き延びるかもしれない。素潜りが得意な遺伝子を持った人は、温暖化が進んで海面が上昇したときに生き延びるとかね(笑)」

登山では登山時より下山時に事故が多いと言われる。竹内さんは13座目のチョー・オユー下山時に危機的な状況に陥った。道を見失い再度8200mに登り直し7900m付近でビバーク。「自分の位置もわからず、ビバークの標高も高くて危機的な状況でした」。20時間以上も超高所ですごしていると、太古の地球で薄い酸素や低気圧で生き延びてきた生命としての能力が、自分の中で呼び起こされ再起動するような感覚を得るそうだ。

超高所に生きる体に進化したプロ登山家の興味は今、未踏峰に向かっている。「人類が宇宙に行く時代になりながら、未踏峰は地球上に何百とあります。もともと山は地球のでっぱりに過ぎない。人がどう登るかでドラマが生まれ、山の魅力が増していきます。いかに山に登り続けられるか。その試行錯誤が面白さです」。
 

林公代

*Discovery認定コントリビューター

宇宙・天文分野を中心に取材・執筆するライター。(財)日本宇宙少年団情報誌編集長を経てフリーランスに。世界中でロケット打ち上げや、天文台を取材。著書に「宇宙においでよ!」(野口聡一宇宙飛行士と共著)、「宇宙へ『出張』してきます」(古川聡宇宙飛行士らと共著)「宇宙就職案内」など。この連載では柔軟な発想・手段でボーダーを超える人々、極限に挑戦する人々を追いかけていきたい。https://gravity-zero.jimdo.com/

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