アフリカからアジアへ、陸路14,000キロの人類の旅は200万年以上前に始まった

およそ200万年前の地球はどんな姿をしていただろうか。

氷河期と間氷河期が交互に訪れる厳しい環境下では生き物の姿もまばらで、まるでアポカリプス後の世界のようだったかもしれない。その中からアフリカを離れ、陸路で南西を目指した2足歩行の集団があった。水を求めたのか、それとも狩りの獲物を追ったのか。のちにホモサピエンスとなる原始人たちだ。

西アフリカから西アジアまで、その距離14,000キロメートル。人類の祖先はどのようなルートをたどり、どのぐらいのスピードで移動していったのか。その答えを求めてフィールドを丹念に調査しても、痕跡を見つけるのは非常に困難だ。

学術誌『Nature』の編集部が指摘するように、まとまった数で生息していた原始人は稀だっただろうし、風雨にさらされた彼らの遺骨はほんの一部しか化石化していない。やがて330万年前ぐらいから原始人が石を砕いて武器や道具を作り始めるようになると、故意に削られた丸石や矢じりが原始人の存在を裏付ける貴重な証拠となった。

今月11日に『Nature』誌上で発表された最新の研究は、中国でおよそ200万年前のヒトの痕跡を報告している。これまでアフリカ以外の場所で発見された最も古いヒトの痕跡は、現在のジョージア(旧グルジア)内にあるドマニシで見つかった185~178万年前の遺骨や石器道具だった。ヒトの祖先が西アジアに到達したのは、今まで考えられていたよりも27万年も早かったことになる。

 

アジアでは最古の考古学的発見

調査に加わったイギリスのエクセター大学によれば、今回中国の商城県で発見されたのは丸石やスクレーパー、ハンマーストーンや矢じりなど石を削って作られたシンプルな道具全96点。すべてに使用された摩耗痕があったものの、以前発掘された形跡はなく手つかずの状態だった。地層の古地磁気測定を行った結果、およそ212万年前のものとわかった。

Credit: Professor Zhaoyu Zhu via Exeter University

発掘現場の地層には含まれない珪岩や石英で作られているそうで、現場から南に5~10キロ離れた秦嶺山脈から発掘されたと推測される。これらの石を採掘しにわざわざ遠くまで出かけて行ったのか、それとも南の方角から道具を携えて移動してきたのかは定かでないが、この時代のヒトの生活を知るうえで貴重な手がかりとなりそうだ。

96点のうち80点は11層の異なる間氷河期の地層から、そして残りの16点は6層の氷河期の地層から発掘されており、気候の変動とともに人口の推移が見て取れる。17層すべてを総観するとじつに100万年が経過していることからも、人類がこの地に定住していた可能性が高いという。

また、石の道具とともに212万年前のウシ科、シカ科、イノシシ科の動物の骨も見つかっており、石の道具を使って獣の肉の処理をしていた可能性もうかがえる。

 

究極のルーツをたどる

アフリカを出た人類の祖先は、中東を経由してユーラシア大陸を西に向かった。未開の地でけものを狙い、または狙われ、ギリギリのサバイバルに成功したものだけが子孫を残して少しずつ数を増やしていったと考えられる。そしておそらく人口が増えたぶんだけ新天地を求めて次の谷へ、次の森へと移動していったのだろう。

その足取りは何万年にも及ぶ砂塵と風化にかき消されてしまっているが、技術の進捗と共に今後もよりディープな手がかりが発見されることが期待される。