水没の危機を乗り越え、1年に2度だけ中に光が当たる不思議な神殿

エジプトの南部、ナイル川西岸にそびえる世界遺産アブ・シンベル神殿。忘却や水没の危機を乗り越え、1年に2度内部に日が当たる古代の神殿をご紹介しよう。

 

アブ・シンベル神殿

紀元前1244年、ラムセス2世によって建てられたアブ・シンベルは、大小2つの神殿からなる。

アブ・シンベル大神殿はそれぞれ21mの高さのラムセス2世の像が4つ入り口に並ぶ。そしてこの神殿は1年に二度、2月22日と10月22日に神殿内部に光が差すようにできていることでも有名だ。この二つの日付はラムセス2世の生まれた日と即位日ではないかとされている。

1年に二日しか日が当たらないこの神殿には、それらの日に大勢の観光客が神殿に押し寄せることでも有名だ。Egypt Todayによれば、昨年10月22日には3500人ほどの観光客で賑わった。内部にはラー・ホルアクティ、アムン、プタハの3神とラムセス2世を合わせた計4体の像があるが、1年に二度光が当たるのは、冥界神であるプタハを除く3体とされる。その一方で昨年10月のEgypt Todayの記事ではプタハも含め4対2朝日が当たったとしている。

小神殿の方は王妃ネフェルタリに捧げられたものとされ、高さ10mほどの2体のラムセス2世の像に挟まれてネフェルタリの像が2対あり、その間に神殿への入り口が位置している。

 

再発見と大移動

Credit: Ad Meskens, CC BY-SA 3.0

LiveScienceによれば、エジプトの著名な考古学者ザヒ・ハワス博士は自身の著書『The Mysteries of Abu Simbel』(仮訳:アブ・シンベルの謎)の中で、大小のアブ・シンベル神殿は一時は人々に忘れ去られ、砂に覆われ砂漠に消えつつあったと記しているという。そんな神殿に再度光を当てたのは、スイスの旅行家で東洋学者のヨハン・ルートヴィヒ・ブルクハルトと、サーカスの怪力男ジョヴァンニ・ベルゾーニ(Giovanni Belzoni)だ。ブルクハルトは1813年にアブ・シンベル神殿の存在について言及し、その後の1817年にベルゾーニが埋もれた大神殿の入り口を見つけ出したのだ。

こうして再度日の光を浴びることとなったアブ・シンベル神殿だが、1960年代にナイル川の氾濫防止と灌漑に建設されるアスワン・ハイ・ダムにより水没の危機に面したのだ。そのためユネスコが国際協力を呼びかけ、これらの神殿やダムにより水没の危機にさらされた他の遺跡などが移動された。これにより大小アブ・シンベル神殿は分解され、1968年に当初の位置よりも64m高く、180m西の位置に移転されている。

なお、世界遺産となっているのはアブ・シンベルだけではなく、ファラエ神殿などを含む「アブ・シンベルからフィラエまでのヌビア遺跡群」となっている。