胸を切り開かれた生け贄の子供達約200体…インカ帝国に滅ぼされたチムー王国の謎

今年4月、5月に相次いで、550年以上前に生け贄にされたと思われる子供達の遺体が合計200人近く発見された。ペルーに昔栄えたチムー王国のものとされるこれらの生け贄は何のために行われたのだろうか?

 

チムー王国の56人の生け贄

西暦850年から1470年の間に現在のペルー北部海岸沿いに栄えたチムー王国。これに先行するモチェ文化の後に登場したチムー王国は、優れた金工技術や散水システムを持っていたが、同時期に栄えたインカ帝国に征服されたとされる。

AFPの報道によれば、ペルー北部の沿岸部トルヒーヨ州ウアンチャコで5月上旬にこの王国の儀式で生け贄にされたとみられる子供の遺体が56体発見された。550年以上前のものとされるこれらの子供達の遺体は、6歳から14歳のものとみられ、胸骨に切り込みが入れられて肋骨が開けられていた。遺体は木綿の布で覆われ、海の方に向けられて埋葬されていた。

 

何のための生贄だったのかは不明のまま

Credit: Lombards Museum, CC BY 3.0

何のために生け贄にされたのかは不明だ。LiveScienceは、これがインカ帝国による征服を阻止するためのものでなかったとしたら、エルニーニョ現象を止めるための生け贄だったのだろうか、などと記している。とは言え未だそれを裏付けるものもない状況だ。こんなにも多くの子供達が生け贄に捧げられたとは、一体どんな儀式が行われていたのだろうか?