Credit : C. Yamada

【イベントレポート】 宇宙に本当に必要な人材とは?「地球にある火星」でのミッションを達成したMDRS Crew191 Team ASIAの公式報告会を取材

2018年3月24日から4月8日まで2週間にわたる疑似火星探査シミュレーションを終え、無事帰国したMDRS 191次隊の『Team ASIA』クルーメンバー7人のうち5人が集い、それぞれの体験を語るトークイベントが5月27日に東京都内で行われた。

提供:村上祐資

MDRSは火星の有人探査を想定して作られた砂漠研究基地で、火星協会が運営している。アメリカ・ユタ州の荒々しい地形に囲まれたMDRSに一歩足を踏み入れると、そこには日常から遮断された「地球にある火星」の生活が待っている。クルーメンバーいわく「ひとつ間違えると命を落としかねない」状況を想定して設計された、過酷なシミュレーションの場だ。

クルーは「激重」と表現されたエアレーションギアを宇宙服の上に装着して船外活動(EVA)に挑み、公用語の英語で管制塔との連携を密に取りながら、限られた時間の中で限られた資源をやりくりして火星でも通用する生き方を身に着けていった。

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取材の当日、神田のスポーツ用品店に現れた『Team ASIA』のクルーメンバーたちは、現地でも着用していたスポンサーのPOLEWARDS製のウェアに身を包み、円満の笑みをたたえていた。ときに冗談を言い合いながら再会を楽しむ様子からは、チームとしても円満だったことが伺えた。どうやらこのチームが成功した秘訣は、その異色の選考法にもあったようだ。

 

革新的な人選が生んだ『Team ASIA』

『Team ASIA』のメンバー構成は日本人6名とインドネシア人1名で、派遣側の日本火星協会としては初めての異文化混成クルーとなった。

チームの隊長に任命されたのは極地建築家の村上祐資(むらかみゆうすけ)氏だ。過去に国際クルーと共にMDRS 160次隊の副隊長として活躍しているばかりか、2009~10年には第50次日本南極地域観測隊の越冬隊員として昭和基地に1年強滞在し、ほかにも北極、エベレスト、富士山、マウナロア火山と、ことごとく「極地」と言われる環境に暮らした経験を持つ。究極の極地である宇宙へどうやって行くのかではなく、そこでどのように暮らせるのかを建築家の目線で追い続けている。

提供:村上祐資

このように極地経験が豊富な村上氏が、チームを編成するにあたって意識したことがある。いかにクルーメンバー同士が「気分よく生きていけるか」だ。単純なことのように思えるかもしれないが、豊かな経験から導き出された智恵のひとつだ。

サバイバルと聞くと、生き延びるために強い意志を持続させる「明日のための生活」を想像する人は少なくない。実際、映画やドラマにおいては、強靭な肉体と意志を兼ね備えたヒーローたちが過酷な極地に挑む様子が多く見受けられる。火星もおおまかこのようなイメージで捉えられており、アメリカを中心に火星ブームが巻き起こる中、火星の有人探査ミッションに名乗りを上げるのはヒーロータイプの人間が多いと村上氏は分析する。

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しかし火星で想定されるような長期的なミッションになってくると、生き延びているだけでは意志が持続しないとも村上氏は指摘する。その理由のひとつは、イメージとはうらはらに極地での生活が圧倒的にヒマなことだ。自動化が進んだ基地内において、たいていのことは機械がなんとかしてくれる。時間が余ってもフラリと外出することはできないし、かといって意味もなくダラダラ過ごしてしまうと精神衛生上よくない。

そしてもうひとつは、普段は退屈な日常でも、不具合が生じた場合いきなり修羅場と化してしまうこと。退屈すぎても、非常事態が続いても、ゆとりがないかぎりは心が簡単に折れてしまう状況だ。そして宇宙飛行士のように訓練を積んで選ばれた人ほど、心が折れてしまった時に回復が難しい場合がある。

提供:村上祐資

地球から火星までは片道8カ月かかるとも、火星での滞在は短くて2、3年になるとも言われている。そのような長期的なミッションで大事なのは「明日のための生活」ではない。今日をどうやって気分よく生きていくかの積み重ねだ――村上氏はそう考えるに至った。そのためには、例えば食事の盛り付けを大事にするなど、日常のディテールに関心を持つことが気分を整え、生きていく実感を育むという。毎日の積み重ねという意味では、長期ミッションは「カウントアップ」とも言えると村上氏は話していた。

カウントアップしていく上で必要なのは、むしろ通常NASAの選考で真っ先に落とされるであろう人たちの能力だ。そう信じた村上氏のもと、191次隊に加わったのは(下の写真、左端から)森澤文衛 (もりさわふみえい)氏、河村信(かわむらまこと)氏、月城美穂(つきしろみほ)氏、Venzha Christ(ベンザ ・ クリスト)氏、武田海(たけだかい)氏と、岡本渉(おかもとわたる)氏。従来の選考理論をくつがえす異色のメンバーとなった。

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最年少の武田氏は若干19歳にしてチームのバイオロジストを務めた。通常であれば選考から外される「ルーキー」でありながら、そのフレッシュな感性を隊長である村上氏に期待された。月城氏はデザイナーという異色の肩書きにも関わらず副隊長に大抜擢され、チームを笑顔にする中心的な存在となった。岡本氏は村上氏と同じくMDRSの経験者でもあり、チームの熱心なエンジニアとして数々のトラブルに対応。森澤氏は村上氏と共に南極地域観測隊OBであり、豊富な極地体験を活かしてクルーの健康管理に従事した。河村氏はNHKに所属する報道カメラマンという経歴を買われ、チームが活動する空間を客観的に映像に収める役割を果たした。そしてチーム唯一のインドネシア人メンバーであるクリスト氏は、アーティストでありながらジャーナリストの役割を務めあげた。

6人のうち月城氏と森澤氏は村上氏のいうジェネラリスト採用だった。これは南極観測隊の観測部門(スペシャリスト)と設営部門(ジェネラリスト)をモデルにした。ともすればスペシャリストのみですべての応募枠が埋められてしまう宇宙分野の選考法に疑問を投げかけた、村上氏の革新的な試みだ。ジェネラリストと呼ばれる医師、シェフ、エンジニア、大工などの人々のおかげで基地の維持運営やクルーの健康管理ができる。こう信じた結果、バランスの取れたチームが生まれた。

このメンバーならいつでもMDRSに戻れるだろうし、長期的なミッションも可能だと村上氏は胸を張る。今回のミッション自体は2週間で終わったが、心の中では4年間の中の2週間だったそうだ。クルーメンバーたちのミッションは、今も続いている。

 

トラブルに打ち勝つ逆境力

実際MDRSでの2週間は、想像していた以上に想定外のハプニングに見舞われたそうだ。その全貌はクルーメンバーにしかわからないが、報告会で聞いただけでも飲み水の汚染や電気系統の故障など、生存に関わる重大なトラブルが続出した。

提供:村上祐資

また、EVA時に着用する宇宙服の重みとヘルメットの視界の悪さ相まって身体的な負担が重なると、思考力の低下を招くことはクルーメンバーの多くが体験したところだった。そんな数々の試練にも関わらずメンバーたちが最終的に笑顔で帰ってこれたのは、村上氏のいう「逆境力」のおかげだったそうだ。

極地での生活は、いわば缶詰め状態。同じ人たちと同じ場所に何週間、何カ月を共にするうちに、それぞれの歯車が狂い始めるとお互い影響し合って悪い方向に進むことも充分ありうるだろう。

例えば村上氏が南極の昭和基地で目の当たりにしたのは、同じ環境にいながらもろさが出てしまう人と、しぶとさが出てくる人の両極端だ。同じ基地、同じ環境で28人の隊員が暮らしているのに、この違いはどこからくるのか。

提供:村上祐資

建築を「箱」と捉えるならば、箱の中にいることを「隔離されている=isolated」と思うか、「保護されている=insulated」と思うかの違いだと、村上氏は話している。その差は紙一重だ。

村上氏の話の中でヒヤリと冷たいものを感じた箇所があった。「極地でいつも大変だと思うのは、習慣です。人間を狂わせるのは簡単だなあと思います。習慣を乱してあげれば、簡単に崩れる。これが僕の結論のひとつです。」

フランスの医師、アラン・ボンバールによれば、海で遭難した人のうち9割以上が72時間以内に死んでしまうそうだ。その死因は多くの場合肉体的なものではなく、精神的なものであるという。たとえ災害や困難に見舞われても、たとえ習慣を乱されても、その逆境をどう乗り越えるか。答えは柔軟な心が生む逆境力であると村上氏は確信している。

Credit: C. Yamada

 

日本人は最高のNo.2になれる

さらに、村上氏いわく、アジアの多くの文化がこの柔軟な思考を体現しているというのは興味深い。日本語をはじめ、アジアの国々のあいまいな表現は、時として心が折れるのを防いでくれる逆境力を生むそうだ。今回『Team ASIA』を結成して感じたのはそんなアジア人の可能性だという。宇宙開発は西洋の国々が牽引している以上、国際的な舞台において日本人は1番にはなれないかもしれない。しかし、最高の2番になれる。そんな発見があった今回のミッションでもあった。

人類は近いうち必ず火星に行くだろう。そのために今から準備できることをすべてやっておかなければならない。さらに想定外の事態にも対応できるように、心と身体を鍛えておかなければならないと村上氏は意気込む。

たとえ火星に行かない私たちでさえ、火星を想定した暮らしぶりからは日常生活に還元される智恵がちりばめられていた。

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