米資産家が密輸した粘土板数千点、シュメール文明の「失われた都市」からの略奪品か

アメリカの資産家がイラクの文化遺産を大量に密輸していた問題が新たな局面を迎えている。粘土板に刻まれた楔形文字を専門家が解読した結果、これらの遺物が古代メソポタミアの失われた都市「Irisagrig」から略奪された可能性が高いことがわかったのだ。

「Irisagrig」の正確な場所を突き止めた考古学者はこれまで誰ひとりいない。それにも関わらず過去20年に渡って「Irisagrig」から盗掘されたとみられる粘土板文書や円筒印章などが世界中に流出しているのは、盗賊に先回りされたからだ。

Live Scienceが独自の調査を行ったところによれば、少なくともアメリカ、日本、カナダ、イスラエル、レバノン、イギリス、スウェーデン、ドイツとフランスで「Irisagrig」から持ち出された文化遺産を保有するコレクションが確認できたそうだが、持ち主の多くは沈黙を貫いており、密輸の経路は闇に埋もれたままだ。

盗賊が宝のありかを明かさないのなら科学の力で失われた都市を探し出すしかない。粘土板の解読が進めば「Irisagrig」の場所が明らかになるとともに、さらなる略奪から守る対策を打ち出せるかもしれないとの期待が高まっている。

グリーン氏の過ち

米オクラホマ州を拠点とする手芸材料店チェーン『ホビー・ロビー』を起業して巨額の富を築いたスティーブ・グリーン氏は、2009年から古代文書の収集を始めた。2017年に彼の念願だった聖書博物館(Museum of the Bible)をワシントンD.C.に開館するまでの短期間に、「グリーン・コレクション」の所蔵品は4万点までに膨れ上がった。

この収集の異例のスピードに眉をひそめた専門家も多かった。果たして2011年にアメリカ関税局が中東から『ホビー・ロビー』宛に送られてきた荷物のうち5点を妨害して中身を確認したところ、送付状に書かれていた内容とはうらはらにイラクからの盗掘品が発見されたのだ。

Credit: U.S. Attorney’s Office Eastern District of New York

グリーン氏は2010年にアラブ首長国連邦に渡り、約5,500点にのぼる粘土板文書、印章や円筒印章を160万ドル(約1.7億円相当)で買い取っていた。本人は闇市と知らずに購入に及んだと釈明しているが、支払い時に複数人の口座に現金を振り込むなど、取引きにおいて怪しむべき点が多かったと専門家はみる。

これを受け、アメリカ政府はグリーン氏が不正に持ち込んだ粘土板数千点と円形印章144点を没収してイラクに送還。さらに『ホビー・ロビー』から300万ドルの罰金を徴収した。

文化遺産の闇市

Live Scienceによれば、1990年代以降にイラクから盗み出された文化遺産は50万点を超えるそうだ。印章など比較的小さな物が運びやすいため、闇市に多く出回っているという。

印章。個人の所有物を特定するために使われたとされる
Credit: U.S. Attorney’s Office Eastern District of New York
Credit: U.S. Attorney’s Office Eastern District of New York

イラク政府はイラク国内で発見された古代の遺物すべてを国有財産と定義している。それに加え、ユネスコの加盟国が1970年に結んだ協定では文化遺産の国際的な売買が禁じられている。アメリカ政府も独自に文化遺産の密輸には厳しい制度を設けており、今回もすぐさまイラクに返還した。

ところが、返還の良し悪しに関しては専門家の意見が分かれるようだ。

返還される前に粘土板およそ250枚を解読したエール大学教授のエカート・フラーム教授によれば、粘土板の多くは保存状態が芳しくなく、表面には部分的に塩分が付着していたという。保管されていた場所が崩壊し、片面が浸水した状態だったと推測され、そのようなもろい状態の粘土板を再度世界の反対側まで送り返すのは必ずしも得策ではなかったそうだ。

コーネル大学のデイヴィッド・オーウェン教授も、粘土板をイラクに還してしまう前に古文書の解読を行っておくべきだったと悔しさをにじませる。そこに「Irisagrig」の秘密が記されていると知っていればなおさらのことだ。

失われた都市はどこに?

実際粘土板古文書に書かれた楔形文字を解読したフラーム教授は、そこに何を読み取ったのだろうか。

粘土板の多くは間違いなく「Irisagrig」にまつわる内容で、そのほとんどは記録だったそうだ。中でも特筆すべきは王家の人々に相続された土地の記録や、王家の使者に与えられたミッションの記録。宮殿で飼っていた犬たちへのエサの配分が詳しく記された粘土板もあったという。

数千枚に及ぶ粘土板すべてを解読できれば「Irisagrig」の位置も特定できるかもしれなかったのだが、それらはすでにイラクへ返されてしまった。フラーム教授は今後イラクで続けられる解読作業に大いに期待しているそうだ。