Credit : Pompeii - Parco Archeologico via Facebook

これはイタイ…!顔面に岩があたって死亡した古代都市の男性、不幸の極み

2000年も昔にとんでもない不幸に見舞われた男性の姿が、文字通り浮きぼりになった。

今年3月から発掘調査が再開されているポンペイの遺跡で、顔面に巨大な直角の岩が直撃したままの痛々しい遺体が発見された。胸部から上の部分が岩につぶされ、頭部はまだ確認されていないもののおそらく岩の下敷きになっていると思われる。しかも考古学者いわく、直接な死因は岩ではなく、その後なだれ込んできた火砕流と推測されるそうだ。

不幸の極みは、このような姿が死後2000年経っても人々の目にさらされ続けることだろう。

Credit: falco / Pixabay

ヴェスヴィオ火山の噴火によって、たった25時間で消滅したといわれる古代都市ポンペイ。街もろとも火山灰に埋もれたため、1748年に再発見されるまでは地表からも人々の記憶からも消し去られていた。

当時はローマ帝国の地方都市として栄え、オリーブとブドウが実る豊かな土壌に支えられて約2万人が暮らしていたという。ポンペイ遺跡の発掘が進むにつれ、哀れな姿で死期を迎えた人々や、その人々が残した金銀の装飾品、彫刻やフレスコ画が驚くほど良好な保存状態で次々と出土している。皮肉なことに、火山灰に埋もれて消滅したからこそポンペイの過去の姿が保存されて今に至る、とスミソニアンは指摘している。

西暦79年8月24日。ヴェスヴィオ火山は午後1時過ぎに噴火した。スミソニアンによれば、噴火直後にポンペイを襲った火山灰や軽石はさほど危険ではなかったと考えられるそうだ。住民の8割はこの時点で近隣の村に非難した。ところがポンペイに残った者たちもいた。

火山灰と岩石の雨は次第に危険度を増していき、夜には燃えさかる石がポンペイを襲いはじめた。屋根が崩落し、建物内に非難していた人々は慌てふためいてポンペイの細い路地に降り立ち、町からの脱出を試みた。この時点ですでに灰や岩石が一階の高さまで降り積もっていたと考えられるそうだ。

冒頭の不幸な男性もまだポンペイにいた。30歳ぐらいと思われる彼の脛骨には、骨感染症と見られる痕がのこっていた。おそらく病を患い、歩行が困難だったと思われる。

そんな彼が逃げようとしていた折に、火砕流が発生した。高温の火山灰が恐ろしい速さで町になだれ込み、男性もそのインパクトで後ろに倒れてしまった。さらに追い打ちをかけるように直角の岩(戸口のわき柱と思われる)が彼の頭を直撃し、そのまま火砕流に飲み込まれて死亡したと考えられる。

Credit: Pompeii – Parco Archeologico via Facebook

ポンペイが消滅した2000年前の青銅器時代にも、ヴェスヴィオ火山の噴火が記録されている。そしてポンペイから2000年経った今も、ヴェスヴィオ火山は静かに活動を続けているそうだ。再噴火の可能性も充分あるとみて、継続的にモニタリングされているそうだが、このような不幸な歴史は二度と繰り返されたくないものだ。

RELATED POST