手書きの文字から人間性がわかる?筆跡学の歴史と有用性

果たして手書きの文字から人の性格を読み取ることは可能だろうか?筆跡学の歴史を垣間見てみよう。

 

筆跡学

筆跡を分析して性格特性を読み取る筆跡学の裏には科学的裏付けがある、と述べるBusiness Insider Nordicは、筆跡学者キャシー・マクナイト(Kathi McKnight)をインタビューし、様々な文字の書き方から読み取ることのできる基本的な筆跡傾向を記している。

例えば、文字が小さいと集中力が強く、内向的、文字が大きいと他人に気づかれ理解されたく、外交的。文字が右に傾いていれば感情的でフレンドリー、友や家族を大切に。文字が左に傾けば人と働くよりも物と働く事を好み、内向的で控えめで自分中心…などなど。

マクナイトによれば筆跡分析から専門家は5000以上の性格特性を識別できるとのことだ。

 

筆跡学の歴史

一方学術誌のデジタル図書館JSTORのウェブメディアJSTOR Dailyでは「筆跡学は科学ではない」として、筆跡学の歴史を記している。

それによれば、筆跡学(graphology)という言葉が登場したのは1871年、フランスの司祭ジョン・イポリット・ミション(Abbé Jean-Hippolyte Michon)がジャーナル「La Graphologie: Journal de l’autographes」を創設したのがはじめとされる。人の筆跡には魂が現れる、と考えつつもこれを科学的に研究せねば、と考えていたミションは、なるべく科学的に筆跡分析を行おうと試みたようだ。彼は筆跡コレクションを強気な筆者によるものと弱気な筆者によるものに分類し、そこから弱気な筆者による筆跡は「t」の文字が弱々しく、強気な筆者であれば「t」がよりしっかりしてペンに力も入っていると結論づけている。

後に筆跡には魂ではなくエゴやイドからなる「脳」が見えるとするドイツの生理学者ウィルヘルム・プライアー(Wilhelm Preyer)が筆跡学にフロイトやユングのアイデアを入れ込んだ。プライアーの筆跡学ではペンに力を入れて書いていればリビドーが強いなどというものだった。

その後筆跡学は、頭蓋骨や脳の部位の大きさから人を判断する骨相学や優生学と加わり、人種や性別による優等性を主張するための手段として使われることとなった。

イギリスのジャーナリスト、トーマス・バイアリー(Thomas Byerley)は筆跡から犯罪性や精神疾患が判るとした。だが酷い字を書く頭の良い人に関してはこれを馬鹿であるとか犯罪者であるとする代わりに、知性ある人は時に神経が張り詰めた状況で働かなくてはならず、ペンの早さよりも思考が先走るためにこのような筆跡なのだ、としている。

その後もFBIや米国防省などでも筆跡学に関してコンサルタント務めたとするアンドレア・マクニコール(Andrea McNichol)による書籍『Handwriting Analysis: Putting It to Work for You』が1991年に発売されたり、ドナルド・トランプ米大統領が「俺は筆跡分析者だ」と述べてツイートで他者の筆跡分析を行ったりもしている。

面白いところでは、トランプ自身の筆跡も複数メディアで行われており、Politico Magazineではミッチェル・ドレスボルド(Michelle Desbold)による筆跡分析で「共感性を欠き、権力欲、名声、賞賛へのが強い」としている一方、前述のキャシー・マクナイトはCNNで「鋭く分析的で稲妻のように早い思考」と分析しているところだ。もしも筆跡学がバイアリーの行ったような都合の良い解釈ではなく、科学的裏付けがある学問であれば、このような一見して認知バイアスが露見しているようにしか見えないような分析結果が筆跡分析家からでてくるだろうか?

 

筆跡学は有用か

Credit: Creative Commons

ZME Scienceもまた「筆跡学は疑似科学」だとして研究例を挙げている。1982年に行われた200以上の研究のメタ分析では筆跡者たちはどのようなどのような性格テストにおいてもどのような性格特性をも予測できず、また、1988年のベインとオニールによる研究では、筆跡学者たちは筆跡を元にMBTI(マイヤーズ・ブリッグス心理類型テスト)の結果を予測できなかった。

また、アメリカの中央情報局CIAも筆跡学に関して独自の評価報告書を作成しており、そこではもしこれが有用であれば役立つだろうとしながらも、少なくとも米国ではきちんとしたテストは今まで行われていないとしている。また現在筆跡学の価値に対する評価に関しては「もし有用だという主張が正しいのであれば研究は不要だ」とする一方で「研究証拠がないのであれば有用だという主張は無効だ」という平行線をたどっており、分析技術としての筆跡学の価値を確立する必要があり、現在これが有用であるとする主張には反対する、としている。

ZME Scienceは注意として、筆跡学(graphology)と筆跡分析(graphanalysis)を同じものと考えてはいけないとしている。なぜなら筆跡学は科学ではないが、筆跡分析は著者が誰かを判断するために用いられる鑑識技術だからだ。

文字の傾きやペンの力加減が執筆時の物理的状況(紙の下の不安定さやインクの出、体の痛みによるゆがみ)まで考慮する必要もあるし、文字の書き方を意識的にコントロールしていることを筆跡学が見分けることが可能かどうかも疑問だ。ミションの行った分類と他の性格特性テストを合わせて行えばより統計的なデータは集まり、傾向が見えてくることだろう。しかしそこに出されたデータをただの錯誤相関以上の科学的なものとしたいのであれば、筆跡学者たちは人の書いた文字にばかり注意を向けないで、自ら研究論文を執筆することに注力すべきなのかもしれない。