このまま大気中の二酸化炭素(CO2)濃度が増え続けると、コメの栄養価が下がってしまうとの研究結果が発表された。
東京大学の小林和彦教授が携わった研究では、日本米とタイ米18品種を高CO2濃度の環境で育てて従来の米と栄養価を比べた。すると、タンパク質、鉄分、亜鉛、ビタミンB1、B2、B5、B9の包含量が減少し、ビタミンEのみが増えていたそうだ。
はたして未来の米は、途上国に暮らし米を主食とする20億人のおなかを充分に満たせるのか。
増加し続ける温暖化ガス
いくら強国のリーダーたる人物が否定しようが、気候変動は客観的なデータによって裏付けられている。2014年に公表された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告書によれば、大気中のCO2濃度は1750年から現在に至るまで40%も増加した。

CO2が増えると人間にとっていいことはないが、植物に関しては光合成が促進される効果が認められている。農業環境技術研究所の長谷川利拡博士は、50年後の地球環境を再現するために人工的に空気中のCO2濃度を200ppm上げて稲を育てたところ、収穫率が15%ほど上がったと『化学と生物』誌で報告している。
ところがこの結果には裏がある。大気中のCO2濃度の増加は温暖化を加速させる。結果的に気温が上昇するため、植物の営みそのものに障害を来してしまうのだ。せっかく収穫率がアップしても、生育が阻害されればその効果は相殺されてしまう。
IPCCの報告書によれば、温室効果ガスの増加に伴い1880年から2012年にかけて世界平均地上気温が0.85℃上昇した。CO2増加と温暖化がセットになっている以上、いくら植物にとって必要なCO2が豊富であっても収穫率の増加は期待できない。
試練が続いた実験
では高CO2濃度の環境で育った米の栄養価はどう変化するのだろうか?
濃い酸素が動物の細胞を活性化させるように、濃いCO2は植物にとって「おいしい」のではないか?そのような「おいしい」環境で育った米の栄養価もやはり高くなるのではないか?と素人なりに期待してしまうのだが、結果は真逆だった。
より実験環境を自然に近づけるために、小林教授の研究チームは「FACE」と呼ばれる開放系大気CO2増加(Free-Air CO2 Enrichment)実験施設を使ってジャポニカ米、インディカ米と、それらをかけ合わせたハイブリッド米をトータルで18品種育て、統制群と栄養価を比較した。

FACEの周囲にはCO2ガスが流れるパイプが廻らされ、風向きとともにタイミングと量を調整しながらCO2を試験区内に排出し、全体的に通常より200ppm前後高いCO2濃度レベルを維持する仕組みになっている。日本と中国で同時に実験を行ったのだが、つくば市に設置された日本版FACEではオープンなだけに招かざる客の到来に悩まされたという。
その一例がタヌキ。近くの里山から好奇心旺盛なタヌキが夜な夜な出てきてはCO2が流れるパイプをかじり、とうとう壊してしまったそうだ。「その後はタヌキに届かない高さにパイプを再設置した」と小林教授はZME Scienceに語っている。
さらに、CO2の濃度に魅かれて大量の蚊が集まってきてしまう事態に…。農作業に難儀したそうだが、これが50年後の将来像だとしたら違う意味で恐ろしい。
厳しい結果
そんな困難も乗り越え無事収穫した実験米からは、冒頭のとおり重要な栄養素が減っていることがわかった。なぜ減ったのかはまだ分からないそうだ。

米以外にも栄養価が高い食物に囲まれて生きている先進国の住民にとってはさほど問題にならないかもしれない。しかし、米を主食とし、一日に摂取するカロリーのうち半分、もしくはそれ以上の割り合いを米に頼っている途上国の人々にとっては深刻な問題だ。
鉄分や亜鉛が足りないと健康状態を損ないかねない。人口増加に伴う食糧危機はいまだ続いている。
「これは気候変動がもたらす数ある課題のうちのひとつだ」と小林教授はZME Scienceに語っている。
「先進国と言われる国々に住む私たちは、どんどん石油を燃やして便利なライフスタイルを享受しているが、結果的に気候変動をもたらし穀物の栄養価を下げたとしても特に困ることはない。ところが、気候変動には加担していないのに関わらずその悪影響に悩まされるのは途上国に住む人々だ。これはちょっと恥ずかしい話ではないだろうか」。
