Credit : Bhattacharya S et al. 2018, CC BY

死体に口無し、倫理に口有り…墓を暴いてまで科学は追求されるべきか

現在15cmの胎児の遺体の研究に端を発し、考古学や人類学を巡る倫理問題が現在話題となっている。

違法に入手された遺体?
10年以上前にチリのアタカマ地域の教会の廃墟から掘り起こされた15cmほどの小さな人型のミイラ化した遺体。その後スペインに渡ったこの遺体は、頭部が長く、肋骨は少なく、骨年齢が高くみられ、「宇宙人の遺体だ」などと有名になった。それが最近になってGenome Researchに発表された研究が行ったDNA解析により、これは骨疾患を持つ人間の胎児であったことが判明した。しかし同時にこの研究は倫理的に問題があり、遺体は違法で墓を暴き国から持ち去られたとして現在批判を浴びているのだ。シアトル・タイムズによれば、チリの官庁であるチリ・ナショナル・モニュメント評議会はこれがチリの法律に反し違法に持ち去られたものか調査を始めるとしている。

なおシアトル・タイムズはDNA研究を行ったカリフォルニア大学のアトゥル・ビュッテ(Atul Butte)に電話インタビューを行っており、この遺体が元々どのように手に入れられたかは我々は知らないし、その課程に関与もしていない、「我々にはこのサンプルが違法に入手されたものだと疑う理由は何も無かった」などの回答を得ている。また、チリの自然人類学会は「誰かが流産した胎児を使った同じような研究がヨーロッパやアメリカで行われることが想像できるだろうか?」これに関する声明の中で述べている。

しかしこのように遺体が勝手に持ち去られて研究対象にされたり、酷い場合はお土産にされたりと言ったことは今に始まったことではない。

「科学犯罪者」たち

Public Domain

The Conversationに寄稿する人類学者のチップ・コルウェル(Chip Colwell)によれば、1897年に探検家のロバート・ピアリーはエスキモー5人をグリーンランドからアメリカに連れてきた。その一人であるQisukは8歳の息子ミニックと共にアメリカに来たのだが、ミニックを残したまま結核で死んでしまう。考古学者たちはミニックに対してQisukを埋葬した風を装い、実際にはQisukから肉をとり骨格標本にし、アメリカ自然史博物館に贈ったのだった。

骨格標本が公開展示されていたかどうかは今でも定かではないが、1907年にはミニックが博物館に父の骨を返して欲しいと要求したが、この要求は無下にされた。その2年後の1909年、ミニックはグリーンランドに戻るための船旅を提案され、彼はこれを承諾。ニューヨークタイムズによればミニックは最後にこんな声明を発表している。「お前たちの人種は科学犯罪者だ。私の父の骨がアメリカ自然史博物館から取り戻せないことはわかった。私の脳も取り出されて瓶詰めにされる前にここを去れるだけで十分嬉しいよ。」

グリーンランドで生活した後、ミニックはアメリカに戻り、そこで生涯を終えた。なお、アメリカ自然史博物館は1993年に同博物館が所有していたエスキモーの遺骨をグリーンランドへと戻している。(この件に関しては書籍『父さんのからだを返して:父親を骨格標本にされたエスキモーの少年』が詳しい)

遺体と論理
チリの遺体やエスキモーの例を脇に置き、古代エジプトなどのミイラを対象とした研究などを考えて見ても、結局は誰かが大切に埋葬されていた墓を暴き、その遺体を研究に使い、博物館に展示し、その上に学問を組み上げてきたのが人類だと言えよう。死んだ瞬間に人権を失うのであれば、生前の意思表示であるはずのドナーカードなどこれっぽっちの意味を持たないし、エンバーミングやエンゼルメイクのような、死者に尊厳を与え、残された生者との関係をつなぎ止める行為も意味を欠く。

確かに古代エジプトのミイラと死亡したばかりの人を使った研究には時間的に大きな開きがある。今年2月にメキシコ湾に7,000年前のネイティブアメリカンの埋葬地が見つかったというニュースがあったが、そこでも考古学者たちはこの埋葬地を調査したいという意思を表している他方、ネイティブアメリカン部族歴史保護官の今後もこの埋葬地が「人に妨げられることなく安らかに眠り続けられるよう」にしたいというコメントからは、学問のために墓地が荒らされるべきではないという思いが見受けられる。

しかしそれではどれだけ時間が経ったら死者への敬意を喪失させていいのか、いつになったら墓を開けて遺体を取り出し、それを切り開いてよいのか、学問は死者と遺族の感情より優先されるべきか…その倫理が今後のこのような研究の論点となっていくのは間違いないだろう。チリ自然人類学会の声明では、同じ問題に対する別の軸としてエスキモーの例に挙げたような欧米中心主義(Eurocentric)的な構図が今も残るのではという疑問も投げかけている点も興味深いだろう。

Rights of the dead and the living clash when scientists extract DNA from human remains(The Conversation)

About New York; A Museum’s Eskimo Skeletons and Its Own(The New York Times)

Bhattacharya S et al. 2018, CC BY(Genome Research)

An Iñupiat family from Noatak, Alaska, 1929(Wikimedia Commons)

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