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タツノオトシゴが究極のイクメンの形?赤ちゃんを産むのはパパの仕事

地球上で唯一オスが出産する脊椎動物――それがタツノオトシゴだ。

英名「seahorse(海の馬)」のとおり、細長い口と垂直な姿勢、くるりと巻いたしっぽがどことなく馬に似ている不思議な海洋生物。れっきとした魚類なのだが、尾びれも腹びれも持ち合わせていないため泳ぎが不得意で、獲物を噛み砕く歯も持っていないので小さな獲物を丸飲みするしかない。おまけに、タツノオトシゴとその親戚のヨウジウオ、シードラゴンを含めた300種ほどの仲間たちは、そろってオスのおなかから生まれてくるという奇妙な生態を持っている。

こちらはそのタツノオトシゴの出産を捉えた貴重な映像だ。

パパの出産

The Conversationによれば、タツノオトシゴの交尾はまず華麗なる求愛ダンスから始まる。オスとメスは互いのしっぽを絡ませ合いながら海底をゆらゆらと踊る。長くて数日間もこのような状態のままで相手を見定めるらしく、なんだかとってもロマンチックだ。

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いざ心を決めたタツノオトシゴのオスは、メスを誘うように水面へと向かう。そこでお互い向き合っておなかとおなかをくっつけ合い、鮮やかなオレンジ色の卵をオスの育児嚢と呼ばれる袋のなかに移す。卵が無事に収まったことを確認したオスは、育児嚢内に精子を出して受精させる。

なんとタツノオトシゴのママの仕事はここでおしまい。交尾が終わるとオスから離れ、どこかへ行ってしまうそうだ。卵から孵った赤ちゃんたちが自立して生きていけるようになるまでの20日間、全面的に育児をするのはパパだ。赤ちゃんたちの成長とともにパパのおなかもどんどん膨らんでくる。

そして出産の時が近づくとオスのエラ呼吸が速く浅くなり、体の色が激しく変わる。出産の瞬間、オスはまるでいきむように体全体を激しく揺さぶって赤ちゃんたちを大放出する。その数、なんと1000匹!

出産を終えたオスはへなへなと力なく海底に倒れこむ。タツノオトシゴのパパの育児はここまで。赤ちゃんはここから自力で生きていかなければならない。 

オスのアドバンテージ

育児に専念するオスがなんとも立派で勝手に親近感を覚えてしまうが、実はこの出産法はオスにとって利点がたくさんあると考えられるそうだ。

タツノオトシゴを研究している米ブルックリン大学のトニー・ウィルソン教授によれば、タツノオトシゴのオスは自分の子孫を残すために最適な手段を選んだ結果、自分で卵を受精して育てるという方法にたどり着いたのだと推測している。

オスには育児嚢の中で育てた子供たちの100%が自分の遺伝子を受け継いでいる保証がある。さらに、「万が一自分の気に入らないメスの卵を抱えてしまっても、それを受精するかしないかの判断はオスにゆだねられる。もし交尾の後にもっと魅力的なメスが現れたら、初めの卵は破棄して、新しいメスの卵だけを受精することも理論上はできる」とウィルソン教授は話している(実際このような行為が確認されたかどうかはわからない。)

それに、いくらイクメンぶりを発揮してもやはり魚類は魚類。タツノオトシゴのパパは出産直後にしばらく捕食せずに休むそうだが、おなかが空いてきたパパに運悪くつきまとっている赤ちゃんがいたら、速攻食べられてしまうそうだ…。せっかく腹を痛めて生んだ子でも食べてしまう。パパにとって自分の子どもさえ栄養源になってしまうのは、ロマンチックでもなんでもなく、ひたすら厳しい自然の摂理だ。 

タツノオトシゴは性別不明?

ウィルソン教授の研究ではこんな興味深いこともわかった。タツノオトシゴの遺伝情報を調べた結果、性別を決定する要素が見つからなかったという。つまり、タツノオトシゴの赤ちゃんがいつ、どのようにオスとメスに分かれるのかがわからないのだ。

さらに、タツノオトシゴのオスの育児嚢の細胞からRNA配列の情報を解析して哺乳類のRNAと比べた結果、5%から10%の遺伝子がマッチしたという。たとえば、プロラクチンというホルモンを作り出す遺伝子。これは哺乳類においては生まれたての赤ちゃんにお乳をあげることに関連しているのだが、なぜかプロラクチンを作り出す遺伝子がタツノオトシゴにも見られたそうだ。仮説としては、プロラクチンが育児嚢内の塩分濃度を海水と同じになるように調整する役割を果たしている可能性があるとのこと。そのほか、自分の血管から酸素と栄養分を出して赤ちゃんたちに食べるものを与えていることも哺乳類と共通している育児スタイルだそうだ。 

減少が心配されるタツノオトシゴ

さて、話を産み落とされた赤ちゃんたちに戻そう。オスのおなかから放出されたタツノオトシゴの赤ちゃんを待っているのは過酷な生存競争だ。自分のママやパパは守ってくれないどころか、下手すると食べられてしまいかねない。タツノオトシゴは泳ぎが下手なぶん、ほかの魚類にも捕食されやすい。生き残って繁殖できるようになるのは、1000匹生まれた赤ちゃんのうちたったの1、2匹だという。

残念なことに、もともと繁殖力が強くないうえに、人間による環境破壊や混獲のせいでタツノオトシゴの個体数が確実に減ってきているそうだ。国際自然保護連合(IUCN)の絶滅危惧II類に指定されているクロウミウマ(Hippocampus kuda)は、中国では精力増進の妙薬として重宝されるがゆえに密漁も後を絶たない。

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つい最近の2018年2月にも、タイのリゾート地でタツノオトシゴの串焼きを売っていた土産屋を訪れた観光客が合法性を疑ってSNSに画像を投稿したところ、瞬時に世界中の批判を集めて営業停止に追い込んだ騒ぎをSouth China Morning Postが報じていた。

人間の精力を増進させるためにタツノオトシゴの繁殖力を低下させているとはなんとも皮肉だ。タツノオトシゴのパパの命をかけた出産シーンを一度でも見れば、この小さくて不可思議な海洋生物がどんなにがんばって生きているかがわかるのに。

Curious Kids: Is it true that male seahorses give birth? (The Conversation)

Unlocking the secrets of why seahorse males give birth (Wired)

The seahorse genome and the evolution of its specialized morphology (Nature)

Dads give birth and other interesting facts about seahorse pregnancies (Public Radio International)

Seahorse kebabs in Thailand spur fishing ban (South China Morning Post)

Hippocampus kuda (IUCN Red List)

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