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サハラ砂漠を超えたDNA、石器時代モロッコの遺体から判明

これまで人類学者たちは、大昔の人々がサハラ砂漠を渡って人々が行き来することは希だったろうと考えていた。しかし石器時代の北アフリカ人のDNAを調べてみたところ、人類学者たちが思っていなかったほどに当時の人々が地域間の交流を行っていたことが判明した。

ヨーロッパから来たと思われていた文化

現在のモロッコにあたる地域に1万5000年前に住んでいた人々はイベロモールシア文化(Iberomaurusian culture)を持った人々であった。

DNAに残る太古の人々の旅

これは「細石器」と呼ばれる小型の石器や槍頭に代表される文化で、北アフリカに見られたもの。この文化の名前「イベロモールシア」は、20世紀の考古学者たちが彼らがイベリア半島から来たと考えて命名したものだ。これは2万年前の氷河期には海面が低かったため、ヨーロッパ側から地中海を小舟で渡って来ることも可能だったとの考察に由来する。

加えてこれまで人類学者たちは、北アフリカと西アジアの人々は互いの行き来は近代になるまでほとんど無く、孤立していたと考えていた。その間にはサハラ砂漠があり、現代でもサハラ砂漠を横切るのは難しいのに、石器時代の人々にはなおさら難しかっただろう、というわけだ。しかし遺体のDNAを調べたところ、このイベロモールシア文化圏にいた人たちのDNAの3分の2は、当時の東地中海の人々のDNAと共通していたと判明。つまり、これまで学者たちが考えていたのとは裏腹に、当時の北アフリカの人々と近東の人々にはすでに遺伝的な関わりがあったということになる。

この石器時代のモロッコに住んでいた人々と関わりのあった近東の人々はナトゥフ文化(Natufian culture)ではないかともされている。なおDNAの残りの3分の1は、サブサハラアフリカ(サハラ砂漠より南のアフリカ地域)に起因する遺伝であることが判明している。これがモロッコ周辺に当時住んでいた人々が、より以前にサブサハラアフリカの人々と交わった遺伝なのかどうかはわからない。それでも確かなのは、現代人が思っていたよりも古代の人々の移動範囲は幅広かったということだ。この研究は3月15日付のScience Magで発表されている。

DNA Reveals Stone Age North Africans Had Near Eastern and Sub-Saharan Ancestors(Seeker)

Oldest DNA from Africa offers clues to mysterious ancient culture(Science Mag)

Pleistocene North African genomes link Near Eastern and sub-Saharan African human populations(Science Mag)

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