バーチャルリアリティーと現実体験、その経験に違いはあるか

哲学教授が、バーチャルリアリティーの世界でアンコールワットやナイアガラの滝などを訪れ得た経験と、現実にそれらの場所を訪れる経験が同等かどうかを論じ、バーチャルリアリティーで感じることのできる感情は価値が低く現実での経験と同等のものにはらなないと結論づけている。果たしてそうだろうか? 

トンプソンの考えと経験機械

この話題についてThe Conversationに寄稿するのはラ・トローブ大学の哲学教授ジャンナ・トンプソン(Janna Thompson)。トンプソンは記事の中で、哲学者ロバート・ノージックの『アナーキー・国家・ユートピア』に記された「経験機械」(The Experience Machine)の思考実験を引き合いに出している。この経験機械は、とても進んだ神経心理学の力で脳に自らが望む経験を実際に行っていると思わせるもので、この機械に入っている間はこれが仮想現実ではなく実際に自らの身に起こっていることだと認識できること。

経験機械の思考実験では、機械に入る人は2年ごとに機械の中から出てきて、その先の2年にどんな経験をしたいのか選択してから機械の中に戻る。経験機械の思考実験では、現実と変わらない経験をする事が可能だが、現実との接点がない中で果たしてこの機械に人は入りたがるだろうか?といったような疑問をノージックは提起している(他にもノージックは二つの疑問を挙げているがここでは省く)。

一方でトンプソンの話すバーチャルリアリティーは非常に限定的なもので、現代に実在するような単純に視覚的なVRで、例えばナイアガラの滝を目の前にして、この危険は本物ではないと認識することにより「安っぽい感情」になってしまうという。それに、アンコールワットに行くにせよ、バーチャルリアリティーでは実際の旅を経験せずにその場にいけるから感動も少ないし、そもそも実際に歴史がある場所に行かずして太古の人々が造り上げてきた場所にいるという繋がりを感じることもできない、と。 

経験機械と仮想現実のなかの現実

経験を考える

これに関しては二つの点で考えて見ると面白いだろう。

ひとつめの点は、現代ではほぼ視覚的な経験を与えることに限定されたバーチャルリアリティーの技術が思考実験に登場する経験機械ほどに進化をし、触覚、嗅覚などの面でも進化した状態。そのような世界では、「実際の旅を経験せずに目的地に行けること」が体験を安物にするというのであれば、目的地に行くまでの部分も含めてバーチャルリアリティーツアーに含めることになるだろう。経験機械の概念では、機械の中での体験は現実のものとなんら変わらないため、トンプソンの言うような「安っぽい感情」を感じることは体験している最中にはあり得ない。その体験を安っぽく感じられるとすれば、それはバーチャルリアリティーの世界から出てからだ。しかし、体験時に現実と同等の感情を湧き起こさせた体験は、果たして後から振り返って安っぽく感じられるだろうか?

もうひとつは、「バーチャルリアリティーの中のリアリティー」だ。この点についてはノージックの思考実験でも、トンプソンの考えでも考慮されていないようだが、現代のバーチャルリアリティーの世界には存在するものだ。それはすなわち複数の人が同時にバーチャルリアリティー世界を共有することによる経験の共有や、世界の構築(または破壊)の共有である。このような仮想現実の世界の中で人々が共有した経験は、コンピューターと個人の頭の中にしか存在していない確認不能な出来事ではなく、複数の人々が共有する紛れのない「現実」である。

バーチャルリアリティーには、マルチプレイヤーゲームの中の架空のオンライン世界も含めることができる。このような世界では他の実在する人間と経験を共有することはすでに現実に起きていることである。もしも仮想世界での経験が現実と繋がりがないことをバーチャルリアリティーの問題であるとするならば、そんな問題は複数の人が経験を共有することで消滅するはずだ。そして、オンラインのサーバー上に構築された世界にプレイヤーたちが残していった痕跡や共に構築された世界は、現実世界で人々が遺してきた建築物や歴史と同じく時に消え去ったり破壊されたりすることもあるだろう。 The Conversationの記事でトンプソンが指摘するのは、現実世界での経験と、バーチャルリアリティー中の経験が同じものでは無いと言うことだ。現在のバーチャルリアリティー技術においては現実世界を経験機械と同じように経験する事はできないし、たとえ経験機械の思考実験ほどに技術が進歩しても機械からでた後に思い返せばそれが現実では無かったことに気づくことだろう(無論、この二つの経験の差は少なくなるのでどちらでの経験であったか混同する人は出てくると思うが)。だが、それと同時に現在に置いてもバーチャルリアリティー中の経験を現実世界で経験することができないのは事実である。これは、マルチプレイVRゲームの中で一緒に友達と空を自由に飛ぶ経験が現実にできないという面でもそうだ。加えてバーチャルリアリティーで現実世界を再現する事に当たって散見されるコンテンツには、再現される場所に行くことがほぼ不可能なものや、そもそもすでに存在しない遺跡を復元したものだってそれにあたるだろう。現実とバーチャルリアリティー、どちらの経験が本物か、安っぽいか、などという議論ではなく、それぞれが人にどのような経験をもたらすのか。それこそが現実、バーチャルを問わず重要なポイントだ。

Why virtual reality cannot match the real thing(The Conversation)

Ethical Theory: An Anthology(Google Books)

Nozick – The Experience Machine(rintintin.colorado.edu)

Simulating 24 Hours at Medieval Angkor Wat(YouTube – Sensilab monash)Second Life – The Largest-Ever 3D Virtual World Created By Users(YouTube – Second Life)