日本一有名な未確認生物(UMA)であり、一般的には幻の蛇と考えられているツチノコ。
ツチノコの記録としては最も古いものの1つである『信濃奇勝録』の中で、ツチノコ(野槌)が目撃されたと伝えられている場所、一石栃付近(旧中山道)でツチノコ探索を行った筆者は、次なるアプローチとして、爬虫類の専門家の元へと訪れることにした。
専門家のもとへ
静岡県賀茂郡河津町にある動物園「iZoo (イズー)」には、動物園の人気者であるライオンや象、ゴリラやチンパンジーなどはいない。
その代わり、数多くの爬虫類や両生類が集まっている。
このiZooの園長こそが、日本爬虫類両生類協会理事長である白輪剛史氏である。
白輪氏は爬虫類の専門家としてテレビ番組などでの露出も多く、筆者とも昨年、民放の番組の企画でツチノコ捜索を一緒に行ったことがあった。
もっともテレビ番組の収録中には軽い雑談くらいしか出来なかったので、今回の取材を通して、爬虫類の専門家がツチノコという存在についてどう感じているのか詳しく聞きたいと思った。
快く出迎えてくれた白輪氏は、さっそくiZooを案内してくれた。
園内には様々な種類のトカゲや蛇、亀などがいたが、その中にはまるでツチノコのような生物……アオジタトカゲもいた。

アオジタトカゲはインドネシア、オーストラリア、パプアニューギニアなどに生息しており、日本でも70年代頃からペットとして輸入されることが多くなった。
その姿はまさに足の生えたツチノコのようである。草むらなどでアオジタトカゲを見た場合、その足に気付かず、ツチノコと誤認してしまってもおかしくない。またアオジタトカゲがペットとして多く飼われるようになった時期は、ツチノコ騒動の真っ最中でもあった。
これらのことから、ツチノコの正体はアオジタトカゲであると紹介したテレビ番組や書籍も多い。
白輪氏によると、iZooを訪れたお客さんもアオジタトカゲを見て「ツチノコだ」と口にする人は多いのだという。

その後も、水面を忍者のように走るバシリスク。絶滅危惧種に指定されているキューバイワイグアナ(日本ではiZooでしか見ることが出来ない)。地球上で最も珍しいトカゲと言われるミミナシオオトカゲなど、貴重な爬虫類の姿を見学させていただいた。
ツチノコが数メートルジャンプするという能力は相当特殊なものだと思っていたが、バシリスクが水面を走る様を見ていたら、私たち人間が勝手に騒いでいるだけで、多様な爬虫類の中にはツチノコに負けないくらいの能力を持ったものも多くいるのだと知った。
ツチノコは本当にいるのか
園内を案内してもらった後、私は白輪氏に本格的にツチノコについて話を伺った。
まず、「ツチノコは存在すると思いますか?」という質問をストレートに投げかけてみると、白輪氏は「ツチノコは、いると思っています」とのこと!
爬虫類の専門家もツチノコという生物の実在を認めていたのか! と興奮する私であったが、白輪氏は冷静に話を続ける。
「ツチノコを見たという人は、そのほとんどが嘘を吐いていないと思うし、何かを見たのは間違いない。目撃者の方は、何を見たのかはっきりとは分からないから、ツチノコと言っているんだと思う」
これはUFOについての議論でよく出る話と似ていた。
UFOと聞くと、宇宙人の乗り物と連想する人が多いが、実際にはUFOとは未確認飛行物体という意味である。
つまり、目撃者にとって正体不明の飛行物体であれば、それはUFOなのだ。
白輪氏は、目撃者にとって正体不明の爬虫類が、ツチノコとして語られていると考えているのだ。
「だから、ツチノコの正体は何なのか? という質問はよくされるけど、その正体は1つでは無いと思う」と、白輪氏は続けた。
私は「ということは、動物や爬虫類の専門家がその場にいれば、ツチノコとは言わずに既存の動物の名前を挙げるということですか?」と聞いてみた。
白輪氏は頷き、「ツチノコの目撃で一番多いのは、ヤマカガシ。その次に多いのはニホンマムシだと思っている」と即答した。
その根拠として、ツチノコの目撃されている場所と、ヤマカガシの生息している地域がぴたりと一致するのだと教えてくれた。
日本のほぼ全国で目撃があるように思われるツチノコであるが、北海道と沖縄では目撃が無い。同じように、日本のほぼ全土に生息しているヤマカガシも、北海道や沖縄には生息していないのである。
ヤマカガシはヒキガエルを主食としている。体内で消化されるまでの間はヤマカガシの体が膨らみ、ツチノコのような姿ともなるのだという。だが2、3時間も経てば、ヒキガエルも消化され、目撃されたツチノコのような見た目の存在はいなくなってしまう。これこそが、ツチノコがいつまで経っても捕獲されない理由なのだ。
このツチノコの正体=蛙を飲み込んだ蛇という説は、私もこれまで何百回と聞いてきた説だ。
ただ、その度に私が反論してきたのは「ツチノコには、ジャンプするという能力がある。通常時でもジャンプできないのに、お腹の中に消化しきれいない蛙を含んだ状態で蛇が飛び跳ねるなどとは考えられない」という根拠からであった。
だが、白輪氏はこう答えた。
「まだ消化されていないヒキガエルは、ヤマカガシの体内で飛び跳ねることもある。もちろん、数メートルも飛び跳ねるようなことはないが、その状況を目にされた方が、恐怖心から何メートルもジャンプしているように誤認してしまった可能性はある」
私の反論を受けて、体内に蛙がいることで、ツチノコの大きな特徴である、ジャンプするという行為を説明したのだ。
また獲物を消化しきれていない状態なので、バランスが取れず、斜面を転がってしまうこともあるだろう。
先日、私が一石栃で聞いた、山中を転がってきたツチノコの正体も、ヒキガエルを呑み込んだヤマカガシだったのであろうか。
一つの正体
白輪氏は、「これが、ツチノコの正体ですよ」と数枚の写真を見せてくれた。
そこに写っているのは、ツチノコ……にしか見えない、腹部が大きく膨らんだ蛇であった。
この蛇こそが、ヒキガエルを飲み込んだ直後のヤマカガシなのであった。
だが、ツチノコの正体がヤマカガシだとしたら、近年ツチノコの目撃が減少しているのは何故なのだろうか。
そのことについて尋ねると「ヤマカガシ自体の数が減っているんですよ」との答え。
多くの日本人が知らないうちに、野生のヤマカガシの数はどんどん少なくなってきていたのだ。
目撃された場所だけでなく、時期についても、ツチノコ=ヤマカガシという仮説の根拠となる。
私はやはりツチノコという新種の、まだ発見されていない生物がいてほしいという気持ちが強いのだろう。
ツチノコはヤマカガシではないという根拠を見つけたかったが、爬虫類の専門家からすれば、こちらの疑問もすぐに即答で解決されてしまう。

「ヒキガエルを飲み込んだヤマカガシもツチノコそっくりですが、先ほども見させていただいたアオジタトカゲの誤認も多かったんでしょうか?」と聞くと、
「ゼロでは無いだろうけど、アオジタトカゲの誤認はほとんど無いと思う。確かに70年代頃からペットとして飼われることも多くなったけど、ペットとしては高価な存在だったし、日本全国で逃げだしたアオジタトカゲが見られたというのは考えにくい」とのことだった。
既存の生物の誤認だとしても、やはりツチノコは日本生まれ日本育ちの存在なのだ。
今まで多くの媒体で「ツチノコは、未発見の新種の生物」だと主張してきた私であったが、白輪氏の仮説には隙が無く、私もヤマカガシ説に強く反論することは出来なかった。
「正体が分からない人が見れば、それはツチノコなんでしょう」と白輪氏は言っていた。
それは大昔から、この国で多くの人々が正体の分からないもの、原因不明の現象を「妖怪」として解釈してきたのと同じであった。
もし、白輪氏の仮説が正しいのなら、新種の生物としてのツチノコは存在しない。
だが、ツチノコが「妖怪」の1種であることだけは、間違いないようである。
【著者プロフィール】中沢健(なかざわたけし)
作家・脚本家、そして、UMA研究家としての顔も持つ。作家デビュー作「初恋芸人」は、2016年にNHK BSプレミアムで連続ドラマ化された。その他の著作に「キモイマン」「平成特撮世代」など。UMA研究家として「緊急検証!シリーズ」「ビートたけしの超常現象(秘)Xファイル」などの番組に出演中。